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イチゴ栽培と夜盗虫
 
薫桃という名前のイチゴを知っていますか。昨年から栽培していますが、昨年はほとんどの実を夜盗虫(ヨトウムシ)に食べられた。今年こそとランナーを摘み取り植え付けした。

 今年は沢山の苗を植えたので実のつきも良い。このイチゴは香りが良い。困ったことに今年も夜盗虫はやってきた。明日摘もうと思っていると、次の朝は実がない。

 イチゴのヘタの所だけ残してきれいに食べてある。そのため真っ赤なイチゴになる前に摘み取らなければならない。あと2~3日を待てないのである。夜盗虫との戦いが続いている。

 毎朝イチゴを摘むのが楽しみではあるが、見えない敵夜盗虫をやっつけられないでいる。昼間は土の中に眠り出てこない。

 暗くなるのを待って、こそこそ這い出し、赤い実をむしゃむしゃ食べているのだろうな。敵も今年は赤い実がないのが、おかしいと思っているだろう。

 私が少しだけ色付いたイチゴを、早々と摘んでいることを夜盗虫は知らない。夜盗虫が何処に隠れているか私が知らないように...

 少しは食べられているが、早摘みのおかげで毎日イチゴを食べている。オルデンブルグの和(ナギ)がいたら、きっと大好きだから食べてくれるだろう。

 夜盗虫は今夜も、イチゴを盗みに土の中から這い出してくる。少しだけならいいよお食べ。全部食べないで残しておくれ。
# by inakagurashi2003 | 2012-05-25 21:08 | 雑談 | Comments(0)
電気料金のカラクリ
 東電は一般家庭にも大幅な値上げを求めている。ハイそうですかそうでしょうと誰が了解できるでしょう。それでなくても既に、多くの税金を投入している。

 大企業は会社が危うくなると助けてと言える。家庭がどんなに苦しくても、国に助けてと言いお金をくれるはずがない。

 全てをなくしてから、生活保護に頼るしかない。それも役人に恥ずかしくて言えないことまで訊かれ、ペコペコしてやっとの思いで保護を請求するのである。

 この度の電力値上げで解ったことは本当に驚いた。販売電力の6割が企業向けだった。それにも関わらず利益の9割は家庭向けに販売した電力で稼いでいた。(東京新聞から引用)

 他の電力会社も似たようなものだろう。東電は自分の会社の招いた原発事故の、膨大な損害賠償などの資金を、国から引き出し、更に国民から搾り取ろうとしている。

 仲間の経済界大口利用の企業からは、利益を生み出すことをしない。何も知らなかった一般家庭から、騙すようにして利益を上げてきたのだ。

 経済界や大企業が、原発稼動を再開するのを望んでやまないのは、このことからも解る。今まさに放射能の被害にさらされている地元の人々を、また間接的に被害を被っている国民を無視してまで。

 これからもう一度も二度も、原発事故が起こらないと誰が保障できるのか、福島よりもっと大きな事故がおき、他国にまで被害が及んだら、国は潰れるだろう。

 美しかった山河、豊穣の海、これらを守っていくことこそ、子供たちに残すことこそが大人の責任だと思う。

 今一番やらなければならないこと、大震災の復興とそれに伴う原発の後始末、消費税云々、社会保障云々は必要なこととしても、野田総理、命がけでやるほどのことでしょうか。

 国民の命と財産を守ること、これこそが命がけでやるべきことです。福島の子供たちの内部被爆を追跡していくこと、今までなかったことが、小さな体に起きているかも知れないのです。

 あなた方の言い方で、「直ちに影響があるものではありません」これくらいいい加減な言葉はありません。

 野菜や魚肉、さまざまな食物を提供してきた真面目な国民は、東電という巨大企業の犯した罪を憎んでも憎みきれません。その責任で逮捕された人もいません。

 値上げは企業の権利と言い張った人、その人に言います。企業の権利は企業の義務、社会正義のうえにあるのです。
 

# by inakagurashi2003 | 2012-05-24 10:34 | 雑談 | Comments(0)
フラワーガーデン
 
三大を連れて午後からフラワーガーデンに行った。昨日より10度も高い夏日になった。公園には沢山のバラが咲き誇っていて、バラの香りに包まれて歩いた。

 三大は水をめがけて一目散に行く。後ろからゆっくりバラを見ながら歩く。ママは三大を追いかける。三大は服を脱ぐのももどかしい。

 エエイ、ふくを着たままザンブリコ。早速頭から潜りました。小学生が数人遊んでいて、三大が遊ぶ所は少し深め、もっと小さいヨチヨチ歩きの子達は、足首ほどの水が流れているところで遊んでいる。

 三大も時々出てきて、小さい子の場所に行く。暫くすると中学生か小学高学年の女の子がやってきて、足首ほどの水の流れる場所を行ったりきたりした。

 
お年よりも多く大方はバラの花を観賞している。老人施設のお年よりも、職員に連れられて散歩している。思い思いの公園散策。

 駐車場が遠かったので、私は電車の形をしているミニバスに乗り車を取りに。乗り物は65歳以上は無料です。幼い子供やその親たちと電車に乗った。

 走っている間、オルデンブルグの和(ナギ)が一緒だったら、きっと喜ぶだろうなと思った。今度日本に来たら、この公園にも連れて行こうと思う。

 電車は細長い公園を走っている。フラワーガーデン、富士公園、なぎさ公園と3つの公園を繋いで走る。その途中駅もある。駅と言ってもバス停みたいなもので、駅舎はない。

 
たくさんの薔薇の香りが、体いっぱいを包んでくれた。水からあがった三大の、冷えた体を触ると気持ちが良かった。三大も私の手が温かいので、されるままにお菓子を食べていた。

 
# by inakagurashi2003 | 2012-05-23 22:19 | 孫日記 | Comments(0)
634
 いよいよ今日、待ちに待ったスカイツリーが開業する。ぐんぐん伸びるスカイツリーを眺めながら、ここ数年を過ごした気がする。

 高い高いツリーは、私たちの町のどこからでも見える。右や左や、まっすぐ眼の前に見えたりする。工事中はクレーンもよく見えた。

 いつの間にかクレーンがはずされ、真っ直ぐに伸びた姿は、昔あったお化け煙突のよう。それもそうだ、あのデザインは、お化け煙突からイメージしたと聞いたことがある。

 昔、千住のお化け煙突は4本あった。電車の中から見ていると3本に見えたり、2本になったり、並んで1本に見えたりした。

 高度成長期お化け煙突が姿を消し、数十年を経てスカイツリーに甦った。東京に来てから50年になるが、下町も大きく変わった。

 開業するスカイツリーにちなんで、いろんなものが商品化された。634グラムのなにか、63.4センチの長さのパン。標高634メートルの畑から収穫したバナナで作ったタルト、それからスカイツリーから63.4Kの場所の...

 ありとあらゆる634が出来ています。今日一日は634のお祭りが続くでしょう。たまにはこんなお祭りも必要だったと思います。

 昨年の大震災を引きずり、人々は何かが変わってしまったかのように振舞ってきた。もちろんあの震災を忘れてはいけないし、復興を止めてはならない。

 そのうえでスカイツリーが、日本の希望の星になり輝いてほしい。私もやってみました。このブログ634文字です。私の体重は64K、63.4kを目標にしてきた。600gの減量ならず残念。

 
# by inakagurashi2003 | 2012-05-22 08:55 | 雑談 | Comments(0)
遠足
 三大の学園では、日曜日の今日遠足でした。朝からお弁当作りをしました。三大は偏食ですから、温かいご飯を冷めないように持っていけばそれでいい。

 お父さんとお母さんの分を作りました。友人に教わったご飯の肉巻きと、おかずをあれこれ作りました。先日買ったスーパーの惣菜入れのパックを、綺麗に洗いとっておいた。

 それに、唐揚げ、ウインナーのカレー粉まぶし、筍の土佐に、自作のスナックエンドウ、卵焼き、タクワン、ミニトマトとアメリカンチェリー、ポテトフライです。

 この中の一品でも三大が食べてくれたら嬉しいのですが...
遠足から帰ってきたお弁当は、空になっていました。三大は何も食べなかったそうです。温かなご飯にふりかけをかけ、保温器のご飯を全部食べた。おかずは娘夫婦で全部平らげてありました。

 でも嬉しいこともありました。夕食にカジキ鮪のフライを作ったら、三大はパクパク食べてくれました。このごろは初めてのものでも、食べてみようと思うようになりました。

 少しずつ偏食が治ってくれたら、ばあちゃんは寸暇を惜しんで三大の食べ物を作るでしょう。

 

 

 
# by inakagurashi2003 | 2012-05-20 19:36 | 孫日記 | Comments(2)
和(ナギ nagi 孫6歳)への手紙
 ドイツ、オルデンブルグに住んでいる孫に手紙を書いた。和の大好きなシールを入れて....

 手紙が着いたと娘からメールがあった。和は自分でひらがなだけの手紙を読んで理解した。側でパパがオーマ(お婆ちゃん)の手紙は何て書いてあった?と和に訊くと....

 大方はちゃんとドイツ語で説明したが、なぎ、げんきで、がっこうにいっていますか、という文章を、ドイツ語に訳せない。

 娘が言うには、ドイツ語にはそう言う言い方はないのだそうだ。そこで和はゲンキでを省き、和、学校へ行っていますか、とパパに訳した。

 パパの反応は、オーマはなに言ってるんだ、去年入学式に来たし、学校へ行ってるのは知ってるのに、って言うんだって。

 日本語では何でもない言葉だし、普通に使われるだろう。学校に行ってることは知っていても、お婆ちゃんなら、元気で行ってるだろうかと心配にもなる。

 日本語にはいろいろと余計な文があるが、英語やドイツ語には無い言葉が沢山あるらしい。映画なんかも、日本語の字幕はずいぶん脚色した言葉があるのだろうと思う。訳者の考え次第であることが解る。

 和は1年生でもドイツ語と日本語を並行して勉強している。頑張っている姿を想像するだけだが、ばあちゃんと手紙のやり取りが出来るようになったことを、嬉しく思っている。

 和、また手紙書くから、パパに上手に話してあげて、2つの母国語を頑張っている孫を、遥かな日本より応援しています。

 
# by inakagurashi2003 | 2012-05-19 09:29 | 孫日記 | Comments(0)
スイカの苗はどうなった
 連休の始めごろ、スイカの苗を植えた。苗に帽子を被せ風から守るようにしてきた。それから苗を見に行っていない。行かなければと思いつつ、今日になってしまった。

 案の定ドームの中で蔓が伸びだし、複雑に絡んでいた。それを解きまわりの草を取り、藁を敷きスイカの蔓を伸ばした。

 その後ニンニクの芽を摘み、スナックえんどうを摘む。エンドウも今年の冬少し枯れたが、半分ぐらいは花が咲き実をつけていた。

 摘み取るとバケツ1パイになった。あと何度かは収穫できるだろう。ジャガイモはどうなったか。あわれ肥料が足りないのかヒョロヒョロして、それでも花を付け始めている。

 時間がないのでそのままにしてきた。回りの草を取り肥料をやり、土寄せしてやれば盛り返すかも知れないが帰る時間だ。

 午後3時過ぎると渋滞する。急いで帰り支度をして車に飛び乗った。5時には帰ることが出来た。親戚や友人に、キャベツとスナックエンドウ、ニンニクの芽を届けた。

 届けた野菜は食卓に登っただろうと思う。私の野菜は素人ですから上等ではない。キャベツも虫が食っている。ただ一つだけよいことは、8年も農薬を使っていない。

 そのせいか野菜が素朴な味がする。昔食べたような懐かしさがある。それだけを自画自賛して作っている。スナックエンドウは甘くて美味しかった。
# by inakagurashi2003 | 2012-05-17 22:09 | 田舎暮らし | Comments(2)
ありがとう
 3月まで在籍していた職場の皆さんが、送別会を開いてくださった。中で一番年長者だったので、皆さんに良くしていただいた。

 盛大に送別会を開いていただき、ありがとうございました。暫く見ないうちに同僚だった人たちは、一回りも二回りも逞しくなり、自信に満ちた顔だった。

 これから職場を取り巻く環境も厳しくなり、皆さんの仕事もいよいよ大変かと思います。どうか夏の暑さにも、冬の厳しさにも打ち勝って頑張ってください。

 私はこれからも一区民の立場で、元同僚の職場環境がよくなり、長く続けていってくださることを陰ながら応援させていただきます。皆さんのこれまでの励ましを忘れず、生きていこうと思います。
# by inakagurashi2003 | 2012-05-16 15:39 | 雑談 | Comments(0)
伊香保温泉旅行
 私たち夫婦には、ずっと以前から親しくしている老姉妹がいる。ご近所に住んで40年以上にもなる人です。

 姉が88歳、妹が81歳です。姉の方は数年前の交通事故の後遺症があり、体の痛みも完全には取れないままで、妹の方は糖尿病やその他の老人性の病も抱えている。

 老姉妹の日課はほとんど毎日、どこかの病院へ通院することである。体がゆうことを利かないから、行きたい所に自由に出かけられない。

 私が退職したこともあり、思い切って前橋にあるお姉さんのご主人だった人の墓参りに誘ってみた。遠出は疲れるだろうと、近くの温泉に1泊することにした。

 連休を避け12日13日と行くことにし宿を取っておいた。当日は10時に車で迎に行く約束をした。夫は足が痛いというので私が運転した。

 関越道を走るのは久しぶりであった。途中高坂でトイレタイムにし一路駒形インターまで向かうことにした。駒形で高速を下り、ナビの示すとおりに行く。

 もう直ぐお墓に着く近くに、讃岐うどんの店があり、丁度お昼なのでうどんを食べた。本場讃岐で修行をしてきたそうで、実に美味しかった。

 4人で食べて1550円とても安い。老姉妹も喜んで食べた。自分で天ぷら等を取り食べるのは初めてだという。へ~いろんな店があるんだねと言う。

最近讃岐うどんの店は、皆こんな店が多いですよ、と言うと知らなかったとお驚いた様子だった。これから行きたい所にはどんどん連れて行きますから。

 
お墓は大きく立派であった。なぜ私たちまでお墓参りしたか、それはこの老姉妹に死後のことを委ねられているからだ。

 骨にして埋葬して欲しいと言うのが彼女らのたっての願いで、それは4~5年前から頼まれていたものだった。

 この老姉妹は近所と言うだけで、私たち夫婦を頼ってきたのだった。昨今孤独死なるものが多く、それだけは避けたいと言う。

 いいですよ、良かったら家のお墓に入ってください、そう言ってからは、彼女らは何かといろいろ相談にやってくるようになった。

 公立の住宅の応募は7年ぐらい提出してあげていた。2年前やっと当選し、今は区立の住宅に住んでいる。古い木造の家は怖がっていたから、本当に良かった。

 
墓参りを済ませ伊香保温泉に向かった。山を登っていくほどに新緑が美しく、老姉妹は旅行は4年ぶりだと喜んだ。

 ホテルには早く着いたが部屋に通してくれた。お茶を頂き二人を温泉に連れて行った。小さい背中を流すと母を思った。母には何も親孝行してやれなかった。

 二人の背中を流しながら、これからはこの老姉妹にお母さんになっていただこう。孝行は何も実の親でなくたっていい。二人には子供はいないのだから...

 翌日は母の日だった。ささやかなプレゼントを用意してきた。夏物のスカーフ、宇野千代デザインの桜の花の模様で、一人は薄い紫、一人は薄黄肌色。

 母の日のプレゼントは、生まれて始めてもらったと喜んだ。そうだろう、二人には子供がいなかったのだから。

 
いろんな病も抱えているが、これからは心安らかに暮らして欲しいと願っている。緑の山々が幸せになれるよと姉妹に語りかけていた。

 縁あって親子のようにお付き合いさせてもらっている。安らかな老後を送れるようできる限りのことをさせてもらおうと思っている。
 
# by inakagurashi2003 | 2012-05-14 22:29 | 雑談 | Comments(6)
蛤採り
 蛤を採りに九十九里浜へ行った。我が家の直ぐ近くの海でも蛤は採れる。今年は大きいのがあるようだ。行って見ると蛤を採る権利を持った人達がいて、そうでない素人を監視しているようす。

 この海岸は諦めて、監視のいなそうな場所を探した。前に行った事がある場所へ行って見ると、そこも素人が採ると煩いと言う人がいて、別の場所へ案内してくれた。

 私の車はそのままにして乗せてもらった、暫くするとその場所はあった。さっき行った場所から河を渡って反対側だった。

 そこにはもうたくさんの人がいて、大きな網やバケツ一杯蛤を採り帰る人もいた。ここなら大丈夫煩い人は来ないよ。本当かなおっかなびっくり。

 案内してくれた人は、筋ジストロフィーの病気を持っていた。普段杖を突いているんだとか、今日は網の竿を杖代わりにすると言う。 

 大丈夫かな、少し心配になった。右足は筋肉がまだ大丈夫だから、車も運転できるんだよと言った。だけど歩くのは遅い。

 友達と二人で東金から来たんだ。荒い波がザンブリと来ると、押し倒されるのではないかと心配になる。それでも元気に蛤を採った。

 しばらくはその人を見ながら蛤を採った。そのうち蛤採りに夢中になり、友達も要るから大丈夫だと思った。私の見ていないとき転んだそうで、お尻までびっちょりになっていた。

 大丈夫ですか、疲れませんか、足は冷えませんか、矢継ぎ早に聞いた。その人は大丈夫、大丈夫と笑った。

 二時間ほど蛤を採り海から上がった。その人の友人に言った。いつまでも良いお友達でいてあげてください。友人は、ハイと言った。嬉しかった。

 筋ジスの患者が治ることはない。良い薬が出来たらいいねと言うと、薬はとてもきつく、飲むと胸から上がカツーと熱くなるんだよ、と寂しそうに笑った。

 病を抱えながらも元気に生きている。海にまで入って貝を採っている。こんな日は何処までも続く太平洋が、きっと病を軽くしてくれるに違いない。

 よく晴れた爽やかな五月だ。知らない人とのふれあいは、蛤を採っている間も楽しかった。私に歳は幾つと聞くので、68歳だよと言うと、ウヘ~ちっとも見えないよ、もっとズ~ト若いと思った。

 そうありがとう、でも採った蛤はあげませんよ、もう直ぐ90歳になる母親に食べさせるんだから。そう言うと、90かあ俺はそんなに生きられないよ。

 私だって母親より先に逝きそうだよと言うと、その人も友人もワハハツと笑った。そんな話をしながら、蛤は小さいバケツ一杯になった。

 二人のほうはもっと大きいバケツに一杯になった。また会えるといいね、病気の進行が進まないことを祈りつつ一期一会の人を見送った。
 
# by inakagurashi2003 | 2012-05-07 21:49 | 田舎暮らし | Comments(0)
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