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一緒に庭でお茶を

 星野さんの居間に通された私たち3人は、緊張しながら自己紹介をしました。そしてわが町で、詩画展を開かせて欲しいと、大胆にもお願いしたのです。

 星野さんとは初対面で、今まで何一つ関わりもなく、一枚の名詞すらもたない只の主婦のグループです。どんな答えが返ってくるか心配でした。

 いいですよ、星野さんの優しい眼差しは、遠くまでやってきた私たちを、労って下さっているそれでした。

 それから過去に開かれた詩画展のや方を教えてくださいました。まず福祉関係事業所、草のひかり福祉会に電話するようにと....

 草のひかりには、星野さんから連絡しておくと言われ、まずは詩画展を開く許可が取れたことでガチガチの緊張感は薄れたのでした。

 暫く話をしていると、星野さんの奥さんが、庭でお茶を飲みませんかと誘ってくれました。私たちが庭に出て待っている間に、奥さんとお母さんが、星野さんを電動車椅子に乗せました。

 星野さんが顎で運転して見せてくれました。前にも後ろにも回転もするのです。器械体操の先生をやっていた運動神経は、首から下の機能を全て失っても健在だったのです。

 星野さんは明るく冗談も言う楽しい人でした。庭からは段々畑の向こうに上州の山々が連なり、星野さんの絵に描かれている景色そのものがありました。

 私は本の中の一枚の絵と重なり涙がでました。首から下の機能をすっかり失い、それでも筆をくわえ絵を描き、思いついたままの優しい詩を書いているその人がここにいる。

 私たちがお茶を頂いている間、お母さんは黙々と働いています。収穫した野菜か何かを干していたように記憶しています。

 詩画展の承諾を頂き、帰途の車に乗ると、星野さんは庭から道路まででて、見送ってくれました。バックミラーを見ると、いつまでも見送ってくださるのが解りました。

 不思議なことに、手を振っていたように感じハッとしました。星野さんは首から下が動かないんだ、手を振れるはずがない。そう思うと上州の美しい山が、段々畑が見えなくなりました。

 渡良瀬川沿いの道を、星野さんは9年間もの長い入院生活を終え、あの懐かしい家に帰っていったのだ。その道を逆方向へ、私の運転する車は東京へ向かい走っている。そろそろ秋も深まろうとする頃だった。   続く
by inakagurashi2003 | 2012-04-20 06:48 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003