さあ大変

 星野富弘さんの、花の詩画展開催が決まり、一番先にやらなくてはいけないことは、会場探しだった。区内には丁度良い場所がなかなか見つからなかった。

 あちこち探すうち、古いビルだが貸してもらえる場所が見つかった。ミシンの会社の支店を借りた。一週間使用で5万円だった。

 まずはやれやれ、次はいつ開催するか、半年間準備するとし、4月の終わりごろを想定した。運営委員会なるものを立ち上げ、決め事はその会員の会議で決めることにした。

 会員は詩画展を開く主旨に賛同するものなら誰でも入会できた。運営委員長には私がなったが気の重い役だった。長なんてつくものは、子供のころから一度も経験したことがない。

 でもやらなくてはならない。言いだしっぺの責任だから。本を出版している立風書房と偕成社に連絡した。4冊を100部ずつ注文した。

 賛同者は次第に増え、本は人の手から手へ渡っていった。PTA関係が多かったが、教職員の応援があり、また会員が携わってるサークル等が動いてくれた。

 新聞記事を見たといい訪ねてくださる人もいた。そして仲間になって大活躍した人もいた。
 
 当時絶大な人気キャスターだった逸見さんの取材をうけた。テレビで見ていた通りの優しい人だったが、インタビューを受けあがってしまい、何を話したか忘れてしまった。

 収録の後テレビスタッフの方に、筍ご飯のおにぎりを用意した。逸見さんは今年初物ですと、美味しい美味しいと食べてくださった。

 その後夕方の番組に間に合うようにとビデオ1巻を持ち、スタッフを置いて電車で帰られた。

 テレビは主婦たちの手作り展覧会として放映された。私は初めてのテレビ出演だった。新聞やテレビで紹介されたこともあり、花の詩画展は広がっていった。

 あわただしい準備期間があれよあれよと過ぎ、あと一ヶ月に迫ったころポスターが出来た。鮮やかな木蓮の花の絵に、バックは春らしく萌黄色にした。

 出来上がったポスターを持って中間報告をしに、再び星野さんを訪ねた。最初に尋ねた時から5ヶ月が経っていた。早春の東村に、草木が芽吹き始めていた。   続く
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by inakagurashi2003 | 2012-04-21 21:29 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003