天草からムコドノの実家へ

 
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天厳山を降り再び天草五橋を渡り、来た道を引き帰すように車を走らせる。天草の地図が頭の中に無いので、何処をどのように走っているのかあまり解らない。

 
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キリシタン軍が激突した場所、敵味方合わせ大勢の戦死者を祀った千人塚を見学した。塚は苔むし遥かな歴史を偲ばせる。

 近くには十字架の付いた墓もあった。ここは早くから宣教師がやってきて、キリスト教を布教した。貧しかった民、救いを求め、キリシタンになっていったと思われる。

 長崎や、港町神戸、横浜などに教会が多いのも、船で渡ってきた宣教師達の影響だった。仏教国日本でのキリスト教信者は、肩身の狭い隠れキリシタンとなっていった。

 信教の自由となった今でも、日本人のキリスト教信者は100人に一人いるかいないか位である。お隣の儒教の国韓国では、4割ぐらいがクリスチャンであることを思えば、日本のそれは著しく少ない。

 千人塚を後にし、今度は私の運転で、ムコドノの実家へ行くことになった。私は天草に宿を取り、翌日天草から小型飛行機で福岡まで行くつもりだった。

 ムコドノのお母さんが、家に泊まればいいと勧めてくれ、ムコドノのお父さんにも会いたいし、お言葉に甘えることにしたのである。

 再び真珠の養殖場と、海苔の養殖場がある有明の海を見ながら、熊本目指しひた走る。一ヶ月前開通したばかりの有料道路は、長い距離を走っているのに200円、とても安い。

 いつの間にか海も見えなくなり、熊本市外に出た頃は、夕方になっていた。レンタカーを返しタクシーに乗った。ムコドノの家まで30分ぐらいだろうか。

 午後6時ごろになり気がついた。ここは東京より日が長い。一時間ぐらいの差はあるように思った。思えば遠くに来たもんだ、そんな歌があったね。

 ムコドノの家では、お父さんがにこやかに迎えてくださった。私の荷物を直ぐに持って下さり、レディファーストと思いきや、普段はそんなことぜんぜんしない、九州男児そのままの人だとか。

 楽しく夕食を頂き、バッテン、ヨカヨカ、ウマカー、ソウネン、熊本弁のリズミカルな言葉も一緒に楽しんだ。ご馳走様でした。   続く
 
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by inakagurashi2003 | 2007-10-19 23:35 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003