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闘病中の兄

 壮絶に戦い、そして今まさに病に倒れようとしている兄を、毎日見舞いに行っています。数日前から、モルヒネ薬がどんどん点滴で入れられている。

 兄は昨日ベットに起き、遺言らしきものを言い始めた。息子には兄弟仲良くせよ、預金は無いが借金も無いと、奥さんにはありがとうと...

 私にも起き上がりはっきりとこう言った。最後までいろいろお世話になった、妹としてありがとうと、手を握り礼を言うのだった。私はたまらず泣いてしまった。

 メモ帳に震える手でこう書いた。子供の時楽しかった、いろいろ思い出すよ...薬で朦朧としている時、きっと幼かった時のこと、ガキ大将だった少年時代を夢みていたのだろう。

 兄は鞍馬天狗、私は悪者の新撰組、バッタバッタとなぎ倒し、おまけに二丁拳銃まで持っているんだものズルイと私はふくれるのだ。

 もうすぐ最期のその時を迎えようとしている兄だが、根っからの競馬狂で、今日も競馬場に行っているかのようなしぐさをする。

 私の友人が見舞いに来て、解る、と訊くとよく解っている。Mチャン馬券の配当貰ってきた、と訊くので。Mさんすかさず、貰ったよ変えてきたよ、と答えると、うなずいて俺はダメだったと言う。

 娘が本物の当たり馬券を兄に渡し、叔父さんにあげると言うと、しげしげ見つめてこれはすごい、3億だよと言う、3億と皆で驚く振りをすると、いや無制限だ。

 無制限、モルヒネは兄をどんな状態にしているのだろう。それから兄は嬉しそうにニコニコしだし、馬券をしっかり持ち、俺の葬式に100万円、いやみみっちいから200万円、それから私に二分の一、そこにいた人みんなに50万円と紙に書き出した。

 30分ほどの時間を本当に楽しそうに過ごしたのだ。重篤な病人のいる部屋で,お腹を抱えて笑う人たちを、周りはどんなに不思議だったろうか。

 俺の競馬人生で最高の日だ。小説に書くよ。ある日とんでもない大金持ちになった、テレビ局も飛びついてくるよ、ハイテンションで一生懸命話す。

 既に気管も広げられ、あまり大きい声は出ないのに、それでも話さずにはいられない、嬉しくて仕方がない兄を見て、良かったと思った。

 明日は、何も語らなくなるかも知れない兄が、こんなに喜んでいる。幻覚でも何でも苦しがっている兄よりずっといい。

 こんなことがあったことなど、すっかり忘れて眠っている兄、どうか最期のその時まで安らかでいて欲しい....

 皆に言うべきことは全部言ったよ。死ぬことはちっとも怖くないよ。唇は、いつくしみ深き友なるエスは、と歌っている。放蕩息子が最期に辿り着いた救い主に、兄の魂をゆだねます。
by inakagurashi2003 | 2007-11-09 20:10 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003