悲痛な叫び

 兄は苦しいのが辛いらしく、主治医の先生に訴えた。もう一度気管支内を内視鏡で焼いて欲しいと。医師はもう焼きたくない、焼けば今の状態よりもっと悪くなると言われる。

 しかしどうしたらいいのか、このまま気管支内に肉腫が増殖し、酸素を取り入れることが出来なくなるのは、医師はむろん本人も家族も解っている。

 衰弱してきた患者に麻酔をかけ、危険を承知で内視鏡で肉腫を焼くのがいいのか、解らなくなってきた。一番大切なことは、患者本人の意思だと思う。

 兄が焼いて欲しいなら、そうするのが良いと私たちは思う。本人が望むとおりにしてください。その手術の最中に、息を引き取ることになっても、兄はその方がいいと思っている。

 医師は危険なことは避けたいのだ。それも正しい選択だろう。肉腫が気道を塞いだら呼吸が出来なく苦しむのは解り切っているのに。

 看護師さんが訊いてきた。どうされますかと、 苦しがったら注射を打って昏睡状態にしてくれないんでしょう、とl訊くと、ええそれは、と看護師が答える。

 だったら本人の希望通りにしてもらうしかないです。このまま見殺しには出来ません。苦しまないようにしてください。本人も苦しいのはもう嫌だと言ってるんです。

 治療もしていないのに、中々死ぬことも出来ない。可哀想で見ていられなくなる。安楽死の意味が心の奥深くによぎる。

 今日は母の月命日だ、イエスさまに導かれ、母に手を取られ天国の階段を、心安らかに昇ってもらいたいと、心から願っている私がいる。

 病室で兄の寝顔を見つめれば、一日でも一時間でも、長く生きて欲しいと願う私がいる。神様兄はいつまで苦しまなければならないですか。
[PR]
by inakagurashi2003 | 2007-12-03 20:14 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003