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                何を見てるのか難しい顔をしています
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ベルリンの婿殿から、ナギの写真がメールで届いた。早速開いてみると、相変わらず写真を撮るのが下手だ。それに8枚送ってきた内3枚は見られない。

 何だか解らないが、色々小さくしたりしているらしい。写真の枠に×が付いてる。これってどうやって開けたらいいのだろう。私にはとんと解らない。

 何とか見えるのだけ、ブログ様に引き伸ばすと、ぼんやりしているが、ナギの表情のいいのだけアップしてみます。
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先ごろ風邪を引いたとかで、元気がなくぐったりしているのもあった。こんな時近くにいれば、飛んでいって看病もしてやれるのに、何しろベルリンは遠い。
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幸い今は元気で幼稚園にも行っているらしく、写真ではVサインをママに教えてもらったようだが、中々Vにはなっていない。日本のじゃんけんなら、チョキができればVだけど。
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今度ナギに会えたら、じゃんけんを教えてあげよう。紙とか、鋏とか、石なんかの意味が解り、じゃんけんするのは、何歳ぐらいなのだろうか。

 ナギ、ジャンケンポン、ナギの勝ち~、ナギは満面の笑みを浮かべ、きっと得意になるのだろうな。ジャンケンポン、と言えるだろうか。
by inakagurashi2003 | 2008-04-30 22:41 | 孫日記
 一ヶ月近く続いた安いガソリンが、明日元に戻る法案が可決するそうだ。庶民の抵抗はこれまでか。今日も給油の長い列が続いていた。

 日曜日、山口県の衆院補選で、ガソリン値上げと、後期高齢者医療制度に、ノーを突きつけた有権者は、一体どんな思いでいるだろう。

 衆議院が解散されての選挙でも、最近の政治情勢なら、何処の選挙区でも同じような結果になったと思う。それは政権交代が起こるということだ。

 郵政解散で300議席も獲得した自民党は、今度は民主党に300議席与えるかも知れない。それ程の大事な選挙だったにも関わらず、山口のあれは民意ではないと、ぬけぬけとおっしゃる自民党幹事長には呆れるばかり。

 言うまでも無いが、解散権は総理にある。今負けると解っている解散を、福田さんがするはずがないのは、素人の私でもわかる。

 何故負けるのか、考えたらいい。それは、年金を初め、医療、ガソリンと不満だらけの国民の声が聞こえるからだ。

 国民の声、叫び、嘆きに耳を貸さずして、何が国民のためだ。官僚の、政治家の、既得権者の為に、やっている政治家の何と多いことか。

 解散しましょうよ。福田総理。負けたら潔く政権交代すればいい。民主党が主導する政権与党を見てみましょう。言っているだけで出来なかったら、また復権できるでしょう。

 そのための二大政党時代を、作ってきたのではありませんか。それからお年寄りの介護保険、高齢者の健康保険などを、勝手に年金から天引きするのもやめましょう。

 義務と権利が背中合わせでも、支払い側に有利なのは当たり前でしょう。自分がどう支払いたいのか、それを決めるのは本人の意思です。

 銀行振り替えにしたいのなら、そうすればいいし、自分でコンビに等で振り込みたいなら、それもよし、またどうしても役所へもって行きたいなら、窓口で支払うのもいいではありませんか。

 受け取る権利の年金から、勝手に引き落とすのはどうも腑に落ちません。年金だけが唯一の収入源なら尚更です。先に天引きありきはいきすぎです。

 残念なことに年金天引きの後、これでは生活できないと、自殺した人がいました。本当にお気の毒でなりません。

 年金が入ったら、まず米を買い、味噌醤油を買い、野菜、魚、玉子、少しの肉を買う。次に電気代、ガス代、水道代の支払いをする。家賃も払わなければならないかも知れない。

 その次に健康維持の医療費もかかる。お医者にも行ったのだから、保険料も払おう。一度に払えないから、分割にしてもらえないだろうか。

 世間にはこのような生活をしている人が沢山いる。それさえ出来ない人たちが、ホームレスとなり、川べりでテント生活をしている。

 国民年金満額受け取ると、7万円位だそうだ。そこから介護保険、医療保険が引かれる。6万円ちょっとの生活で、どんな暮らしが出来るか、一度政治かもやってみるといい。

 豪勢な議員宿舎に住み、下々の者を見下ろした暮らしが、いかにバベルの塔かが解る。国民の一票が積り積って、その塔を押し倒すだろう。

 いつまでもその快適な宿舎に、いられると思わないでください。私たち国民が大家さんなんですから...
by inakagurashi2003 | 2008-04-29 19:45 | 雑談

聖火リレー

 あれほど騒がれた聖火リレーも、多少の小競り合いはあった模様だが、無事に終わった。まずは良かったと言うべきだろう。

 それでも腑に落ちないのは、私だけではないだろう。ランナーはほとんどが現役の、元オリンピックの選手、あるいは有名タレント。

 もっと市民感覚で、選ぶべきじゃなかったのかと思う。たとえばまだ中国と、平和的な国交回復がされていなっか時代から、その架け橋となった人とか、田中総理が回復した日中関係なら、そのお孫さんが周恩来のお孫さんに手渡すとか、もっと粋な演出があってよかった。

 そもそも、無事に終わりたいがみえみえの聖火リレー、みえみえは沿道の見学者、応援をする人には何にも見えない。

 ずらりとランナーを囲んだ警備の警察官、ランナーの横には、おなじみの青い服の男、青装束集団にはがっかりする。

 日本国内の治安まで、中国の手を借りないといけないのか。それも少しはあった妨害行為のために必要だったのか。

 一人のランナーが、高く掲げたポーチを持って走ってくれば、誰もその人めがけ物を投げたりはしないはず。大勢の沿道をうめた人たちが、それを許すはずが無い。

 あれは中国人に、そしてそれらを守っている人たちに、向けられたものだ。東京オリンピックの時20歳だった私は、近くの橋の上で聖火の通るのを見た。

 短パン姿の若者が、颯爽と走ったのを今も忘れない。今回の長野の人たちは、あの大警備団の行進だけが、記憶として残るだろう。

 何と寂しい記憶だろうか。せめてこの先何事もなくリーレーが行われ、初めての北京オリンピックが、素晴らしい記録ラッシュになり、人の限界は本当にあるのだろうかと、思える大会であって欲しい。

 何より北京で平和の大切さを、人々の友情を、、肌の色も宗教観をも超えた無限の愛を、見たいものである。
by inakagurashi2003 | 2008-04-27 07:51 | 雑談

町は百花繚乱

 
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一日忙しく仕事をした。いつものように電動自転車で出かけた。仕事中、ゆとりももなく、道端で可憐に咲く草花さえ、見過ごすことが多い。
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 ふと気がつけば、いつの間にか真っ赤な花を目にすることがある。あ~もうこんな季節になっていたのだ。何と余裕のない暮らしをしていることか
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 土筆はまだか、タンポポは咲いただろうか、春を待っていた頃はとっくに過ぎ、新しく与えられた地を、クルクル回ってる自分がいる。

 ハツカネズミのように、同じ所をただ回っているだけの、空虚な時間を過ごしているが、そこでばったりと、私にとっての良い人に出会った時、それまでの苦労が吹っ飛ぶ。

 今日もそんな人に数人出会えた。良かった、ハツカネズミにならないで夕方家に帰ると、家の周りに、空き地に、道路端に、他人の庭に、神社の境内に、百花繚乱咲き乱れる花々を発見。

 
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夕食の魚を焼きながら、ちょっとカメラを持って、サンダル履きで写真を撮った。魚はこげていなかった。鯵の塩焼き油がのり美味しかった。

 一匹130円のを2匹、40円のモヤシと小松菜少々と胡麻和え、枝豆豆腐の冷奴、わかめとタマネギの味噌汁、それだけの夫婦だけの夕食。

 二人の会話もあまりないが、オリンピックの聖火リレーの話をした。迷惑だね~ギリシャから直接中国へ持って行ってくれれば良いのに。

 やりたかったら、あのどうしようもなく広い広い中国中を、かってに走ってればいいのに。こんな過激なことを言うのは私で、それをウンウンと聞いているだけの夫。

 この人は自分の意見を言わない。いつでもウンウン言っているだけで、本当のところ何を考えているのか、37年経っても解らない。これからも解らないだろうな。
by inakagurashi2003 | 2008-04-26 20:24 | 雑談

ベルリンにやっと春が

            トーマスランドの旅行で、床の間に座っちゃいました
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 もう暖かくなっていたと思っていたベルリンは、先ごろまで寒い日が続いていたそうです。雨模様だったり、天気もよくなかったようで、ナギは風邪を引いていました。

 幼稚園も一週間お休みしたとか、喉にウイルスが付いたようで、声も何かが引っかかているのではないかと、娘は慌ててタクシーを呼び、病院へ連れて行ったそうです。

 幸い大事には至らず、今は元気に幼稚園に通っているそうで安心しました。ナギの後を追いかけるように、婿殿と娘が風邪を引いたんだとか。

 この家庭はナギが一番に病気になり、そして親もなります。多分幼稚園から移ってくるんだろうな。これから、もっといろんな病気を貰ってきます。

 子供の病気なら両親はもうならないから大丈夫。娘はオタフクも水疱瘡もやりました。オタフクの時は、ホッペが痛いと泣いていました。

 直ぐ治るから大丈夫、少しの我慢と言ってやりましたが、痛かったんだろうな。私は幼稚園の時に、オタフクになりました。休んで寝ていました。

 目が覚めると、赤ちゃんがいました。それが弟の誕生です。あの頃母が陣痛で苦しんでいたことなど、ちっとも知らなかったのです。

 自宅で出産するのが普通だった時代です。父が湯を沸かしていたのを、ぼんやりと覚えています。私が4歳の時生まれた弟は、既に4年前他界しました。

 順番が違うような気がします。弟よ、先ごろ逝った兄に会えたかい。天国ってどんなところ、地上では心無い人が、綺麗に咲いたチューリップを切り倒しています。

 そういう人の一人もいない所で、きっと私たちを見てるんだろうな、天国にも春は来たかい。
by inakagurashi2003 | 2008-04-24 11:05 | 孫日記

九十九里浜は波高し

         大きいのは180グラム、一番小さいのが3グラムほぼ実物大
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職場の仲間と九十九里に蛤採りに行った。8時に2台の車に分乗し、いざ九十九里浜へ。途中少し渋滞したが、予定通り到着した。

 11時半が干潮だ。10時頃から採り出したが、大潮のはずのこの日、潮は中々引いてくれない。どうしたのかなと思いながらも、仕方がないから、波を被りながらもせっせとツイスト。

 一番初めにHさんが大きい蛤をゲット、オ~と歓声、よ~し、しからば私めも頑張ります。水は冷たいが、入ってしまえば低い海水温にも慣れてくる。

 その内私も大きいのを採った。網の中はいつもより収穫量が少ない。それでも大きいのが次々に採れて、焼き蛤だねと話しながら波と戦った。

 Hさんはその後も順調に収穫量を伸ばしている。SSさんは根気よく頑張るせいで、一番の収穫だった。その次に私かHさんだったのではないか。波は一向に引かない。

 地元らしい人に訊いてみた。大潮なのにどうして潮が引かないのですか?と訊くと、波が4メートルもあって、潮が引かないのだと言う。

 そうなのか高波の方が押し寄せる力が強いのだ、それで引いていくはずの波が負けてしまうんだなと思った。

 今日の九十九里は波高く、時折強い波に、足元をすくわれるのではないかと思ったほどだ。

 干潮のはずの11時が過ぎても、いつもの砂浜は現れない。私は諦めて海から上がった。3人が一緒に上がり、このくらいでいいよね。

 先に上がった3人で、私の田舎の家に行くことにした。家に付くと直ぐお風呂で冷えた体を温めた。先にお風呂に入り、次の人にお風呂を譲り、お昼の買出しに一人でスーパーへ行った。

 大勢で行くと、中々買い物が決まらないし、一人で献立と料理のバランスを考えた方が早い。

 買い物をし家に帰りると、遅れてきた2台目の車が到着した。寒いからなめこの味噌汁を作り、サラダを作り、勝浦産の生のマグロの刺身を切り分けた。

 家から筍ご飯を5合作ってきた。それに厚焼き玉子を2枚。それを切り分けた。10人来る予定だったから、5合のご飯では足りないかと思い、山菜稲荷を18個買った。

 5000円借りて買い物し、籠一杯の買い物で5016円だった。車の中に小銭があり間に合った。16円ぐらい負けてや、と大阪の人なら言いそうだが、こちとら、江戸っ子でぃ。

 一円だって値切るなんてけちな真似はしません。5100円出して、お釣りはいらねぇと言いたいところだが、人様のお金を預かっているのだからそれは言いません。

 さてお風呂から上がった人も、まだ浸かっている人もいたが、お腹は空き空き、午後1時になった。食べましょうとばかり、皆でパクパク頂いたのでした。

 九十九里の海のご機嫌は少し悪かったが、楽しい日でした。今頃は各家庭で蛤汁だったり、焼蛤だったり、潮の香りに包まれた、夕食の舌鼓を打っているのだろうなぁ。

 おっと舌鼓より、ポンポコ腹鼓の音も、聞こえてきそうです。失礼しました。ダンケ。
 
by inakagurashi2003 | 2008-04-22 20:08 | 田舎暮らし

病の起源 出アフリカ

 昨日のNHKテレビで、興味ある番組を見た。それは病の起源という番組であった。人はアフリカから生まれたという説は、余りにも有名だし、私もそうだろうと思う。

 木から下りた私たちの先祖は、ホモサピエンスという。涼しい木陰から草原に下り立った人の始めは、濃い体毛で被われていて暑くなった。

 その体毛を脱ぎ捨てた人は、照りつける太陽が暑くて、長い距離を歩けなかった。草原では狩りをしないと生きていけない。

 そのため彼らはどうしたのか、メラミン色素を何十万年とかけて作り出し、黒い肌になっていった。肌は紫外線をはねつける強い肌になった。

 人は増え続け南に北に、東へ西へと分かれていったのだった。メラミン色素の黒い肌は、寒いヨーロッパでは都合が悪いものだった。

 人は今度も、何万年、何十万年かけてその肌の色を白くしたり、中間の私たちのように黄色になっていった。

 寒い地方に行った黒い肌の人は、どう都合悪かったか、それは、色素が太陽をはねつけるため、太陽から受けるビタミンDが取れず、クル病になってしまうのだ。

 太陽に当り、初めて出来るビタミンDは、カルシュウムと結合し強い骨になる。アフリカの黒人は、黒い肌でもまだ必要な、ビタミンDが取り込める。

 ドイツでナギが生まれた時、病院から直ぐに貰った薬があった。それがビタミンDだったのだと思う。日本では生まれたばかりの新生児に、ビタミンを飲ませる必要がない。

 ヨーロッパの人たちが、夏の日赤ちゃんから老人まで、陽に当たりたがるのは、こういうことだったのだと納得した。

 産業革命の頃のイギリスでは、大勢の子供がクル病で亡くなっている。一気にできた工場や、産業の吐き出す煙が、ただでさえ薄い太陽の光をさえぎったためだ。

 その頃無くなった子供の骨が、研究のため沢山保存されている。一番真っ直ぐな足の骨が、痛々しいほど曲がっているのを見て、胸が痛んだ。

 発展する産業革命の犠牲になり、死んでいった子供の骨に、申し訳ないような気持ちになった。何も知らなかったとはいえ、発展したさまざまな物の、影響を受けた今の暮らしがある。

 赤道近くの強すぎる紫外線、そして赤道から遠く離れた緯度にある、太陽の光薄い地方に暮らす人々、私たちの先祖が分かれた道により、白くなった人たち。

 元を辿れば、同じところに行き着く。出アフリカが骨の病気と、大きく関わっていたことを知った。                  
                 
                狩りをする何十万年前の人の話をいつか続きで
by inakagurashi2003 | 2008-04-21 08:58 | 雑談

ナギが帰ってから

 
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ナギがベルリンへ帰り、一度だけ娘からメールが着たが、あれから音沙汰が無い。便りが無いのは無事と思え、昔からそう言うが、娘はメール無精だこと。

 ナギとの生活で精一杯なんだろうと思う。幼稚園に行っている間に、家のこと、買い物、あれもこれもと忙しいのだろう。

 ベルリンも春になっただろう。町並みに寄り添う街路樹も、若葉を芽吹かせ尚一層美しく、緑をたたえているだろう。

 ナギは、2歳8ヶ月になろうとしている。その道をナギはママと幼稚園に通う。日本に来ていたときも、柔軟に楽しそうにしていたが、やはり見慣れた自分の町がいいだろう。

 道路にずらりと並ぶ自動車を、ナギはオートと言っている。その車のナンバーを読みながら歩いていた。汚れた車のボディーを、触りながら歩くから、指が真っ黒になっていた。

 車にはナギの指の後が、線路のように付いていた。今日の日曜日は、公園にでも行っただろうか。それとも相変わらず、トーマス遊びをしているだろうか。

 ばあちゃんは、ナギに沢山教えてもらったトーマスの仲間を、そろそろ忘れかけている。今度ベルリンに行く前に、少し勉強して行かないと、ナギと遊ぶのに困る。
 
 友人夫妻が、教会の礼拝に出席した帰り、家に寄ってくれた。3人でお昼を食べた。友人の孫の楓ちゃんは、今月末に又来るそうだ。

 最近楓ちゃんは、トイレに行ける様になった。暖かくなったから、そろそろパンツの練習だね。面白いことに、オムツのアンパンマンが汚れるのが、可哀想だからという理由だ。

 そんな理由でも、オムツが外せるならいいね。ナギも暖かくなったら、練習するようにね。私も楓ちゃんが上京するのを楽しみにしている。

 楓ちゃんの好きなスナックエンドウは、毎日食べきれないほど、収穫できるようになった。一緒に畑でとろうね。マヨネーズ、チョンチョンと付けて食べるんだよね。
by inakagurashi2003 | 2008-04-20 17:06 | 孫日記

ネーミングの印象

 先ごろスタートした、後期高齢者医療保険制度は、そのネーミングもさることながら、制度そのものへの不信も多い。

 解りにくさも不評の原因だし、保険料金も年金からの天引きの人が多い。1300万人が加入する保険制度を、何故もっと解りやすく、納得できるように出来なかったのか。

 法律は2年も前に決まっていたのに、その周知がなされていなかった。著しく変わる制度なら、尚更誰でも解るような仕組みにするべきだった。

 後期高齢者というネーミングは、忍び寄る自己の終末を予期するようだ。福田総理の鶴の一声で、後期を長寿に変えたそうだが、それも何だかな~と思う。

 75歳が長寿なのかな。ある人は、姥捨て山保険制度と嘆いている。死ねと言うばかりだと、お年寄りが怒りの声を上げている。

 医師会も、この制度に反対している地域もある。医者も反対、老人も反対、皆反対の制度を無理やり押し付けスタートした。

 各地で反対署名活動が起きているらしい。私もこの制度は反対だ。年金から天引きするやり方にも反対だ。

 もう一つのネーミングは、今日発表された裁判員制度の問題である。裁判員参上を、不評だったから裁判員誕生に変えた。

 あの鳩山法務大臣が、誇らしそうに誕生と言っていた。そもそもこの国に、裁判員をやりたい人が、どれだけいるだろう。

 有罪か無罪か、量刑まで決める裁判員制度が、嫌でも来年から始まろうとしている。私が裁判員に呼び出されたら、何としても断ろうと思う。

 病気になり、診断書を書いてもらおうと思う。人の一生を、左右するかも知れない司法の中に、とても入る自信が無い。

 万に一つ冤罪を見抜けなかったら、どうするのだ。私はやってませんと言われたら、そうなのではないかと思ってしまう。

 私みたいな人間は、裁判員として最も相応しくないと思うから辞退する。どうか70歳になる前に、裁判員の呼び出しが来ないことを祈ります。
by inakagurashi2003 | 2008-04-18 19:11 | 雑談

親子丼

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 誰がつけた名前なのか、親子丼、忙しい時の料理に時々登場する。それに、冷蔵庫の中の残り物で美味しく出来るからいい。

 今日はあっちにこっちに、良く動いた忙しい日だった。朝起きて約束の家に行き、猫のご飯を買いだしに行き、ついでに美味しいパンやさんに立ち寄り、娘にも持っていった。

 そして12時に来て欲しいと言う、気難しそうな人の家に行き、その足で職場の皆さんと約束している和食レストランに行った。

 既に会食は始まっていて、私は美味しいパンやのパンを、少し食べて行ったから、食事はしないで、甘いデザートを食べた。

 私たちの仕事は、それぞれ違った時間で、違う場所で仕事をすることもあり、食事中にも一人二人と、レストランから出て行ってしまう。全く落ちつかない。

 皆が帰る支度をしだした。私も皆につられ一緒にレストランを出て、職場の事務所に行った。仕事用の書類を持ち、家に一旦帰ると、宅急便の不在メモが郵便受けに入っていた。

しまった、約束の引取りを忘れていた。運転手さんに連絡し、取りに来てもらう約束をした。約束だから家にジットしていなくてはならない。

 宅急便が来て、修理の品物を渡し、もう一度ソレッ~とばかりに仕事に出かけた。アッチコッチ、同じ道を行ったり来たり、なんとも怪しげなおばさんだこと。

 もう少し、もう少しと、成果の上がらない仕事をした。これでも中々根気がいいよ、気が付けば夕方6時近くになっていた。

 夕食が心配になってきた。帰りにスーパーで日向産の鶏肉を買った。そのまんま知事が喜びそうだ。今日ムコドノの実家から、送られてきた筍と、大きな新タマネギがある。

 それを使い親子丼を作ろうと思った。忙しい時親子丼は実にいい食べ物だと思う。、野菜の栄養ビタミン、鶏肉のたんぱく質、玉子のトロ~とした舌触り。

 親子丼の食材は、タマネギ1個 筍少々、ニンジン少々、鳥モモ肉250グラム、玉子3個、畑からスナックエンドウ。

 これらの食材を砂糖、醤油、酒、だし汁で煮る、隠し調味料うなぎのたれを少々入れる。肉が煮えたところで、溶き玉子を鍋の縁からかける。

 玉子が半煮えで火を止める。ご飯の上に乗せて出来上がり。出来上がったところへ、夫が帰宅した。いつも6時45分に判で押したように帰ってくる。

 37年間も、よくも毎日食事を作らせたもんだ。夫が私にしてくれたのは、最初の子を流産した時、トーストを一枚焼いてくれたのと、ゆで卵と牛乳を枕元に持ってきてくれただけ。

 後にも先にもコレ一回きり、だから今日は忙しくて親子丼で十分だ。やりいかのボイル、暑かったから冷やっこ半丁、包丁が切れなくなった、葱がつながっている。

 コラ!!気が付いて包丁磨いでよ。気が付くことはまずないだろう。何々やってと言わなければ、自分からすすんでやることはない。葱がつながってるだろが...
by inakagurashi2003 | 2008-04-16 21:08 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003