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下町のお蕎麦屋さん

 仕事で時々訪問するお蕎麦やさんがある。仕事だけではなくお蕎麦を食べようと店に入った。店には女将さんがいて、私が入ると吃驚した顔をした。

 お客など来るはずが無いとでも、思っていたのだろうか。この店には4個のテーブルがあるが、そのどれもが、お客さんが来て直ぐ座れるようになっていない。

 3個のテーブルは、新聞が山のように積んであったり、パイプ椅子が乗せてあったりで、使用した形跡が無い。

 女将さんは何とか、一個のテーブルの上のものを片付け、布巾で拭いてくれた。拭いても汚れは綺麗には落ちなかった。

 店のメニューの一覧もないから、店中をグル~ット見回すと、ケンチンうどんと書いてあるのを見つけた。それを注文した。

 この店は80歳位のご夫婦が経営している。店は綺麗ではない。まあ汚いといってもいい。二人で仲良く蕎麦や、うどんを売っている。

 一日に10本の指で、間に合うぐらいの数しか、売れない日も多いのではないかと思う。それぐらいだから、私が店に入ると、女将さんは吃驚したような顔をした。

 女将さんが注文したウドンを作っていると、何処かからご主人が帰って来た。テキパキと小皿やお盆などを用意し、二階に上がっていった。

 20分ぐらいでチャンポンうどんが出来上がり、ライスを盛り付けるのが見えた。ライスは要りませんよ、食べられないから、と断った。

 うどんやお蕎麦に、ライスが付いていたようだ。チャンポンうどんは、鍋焼きうどんのように鍋で出てきた。グツグツ沸騰した鍋から、女将さんの出してくれたお椀に、取り分け食べた。

 お椀はプラスッチックの安いものだった。店内に自転車が3台入れてあり、上のほうには、水槽が2個、かなり大きい水槽だが、水と底のほうに砂のようなものがあるだけで、生き物は何もいなかった。

 きっと昔は、熱帯魚でも飼っていたのではないだろうか。お店にお客さんも沢山来て、出前の電話もひっきりなしに鳴り、繁盛していたはずだ。

 老夫婦はそんな状態でも店を開け、一人二人の客のため、蕎麦やうどんを売っている。ご主人は、出前をやっているとも言っていた。

 頼むほうが気の毒がって、頼まなくなっているのだとか。おじいさんに運んでもらうのは、何だか気が引けるんだそうな。

 それなら、どうかお店に行ってやってください。本来ならこの夫婦は悠々自適な暮らしをしててもいいはずだ。

 この国はそれを許さない。国民年金だけの暮らしが、どういうものか、政治家は誰も知らない。知ろうともしない。

 今日発表された、国会議員の平均所得は、2580万円だった。所得は年収ではない。年収だったらもっと多い。議員の所得は、3年連続で増加していて、国民は減っている。

 国会議員は、気楽な家業ときたもんだ。ソレ、スイスイス~ダラダッタ、スラスラスイスイスイ~ ほんとにいい気なもんだ。

 また寄らせてもらいます。チャンポンうどんは塩味で、スープもとても美味しかった。後期高齢者どころか、晩期高齢者のような、老夫婦の営む下町のお蕎麦屋さん。

 元気で頑張って欲しいと願っている。店が少々汚くても、昔から培った腕がある。女将さん、今度行く時は、吃驚しないでよ。美味しいケンチンうどん、また食べに行きます。

 房総の田舎の畑で、ネギを作っています。収穫できたら、持って行きます。お店で使ってください。厨房を見ていたら、少し枯れそうなネギを、大事そうに冷蔵庫から出していたから....

 この店は、正直な老夫婦が経営していて、吉兆みたいな使いまわしをしていません。正直な人は、たいてい大儲けなどは出来ないのです。
by inakagurashi2003 | 2008-06-30 22:12 | 雑談

雨の納骨式

 1月に、天国へ旅立って行った、兄の納骨式があった。それは新しい墓苑の中に、兄の息子達が墓を建立した。

 1平方メートル四方のコンパクトな墓地に、今風様式の墓だった。雨の中親戚と、主だった知人と牧師が、兄が一生懸命歌っていた♪慈しみ深き友なるイエスは♪と賛美歌を歌った。

 これで兄も、落ち着く所に落ち着いたのだと、ホットするはずが、私の心は複雑だった。兄は生前、葬儀のことと、その後の墓のことも、全て私に託して亡くなった。

 あの日のことは忘れない。兄は意識のある内に、私の手を取り遺言したのだった。妹として色々お世話になった。子供の頃は楽しかった。後のことはよろしく頼むと...

 私は兄のために墓も用意し、皆で一緒に入ろうね、と作った墓の写真も見せている。「ここでいい」 と兄は嬉しそうに頷いた。

 兄の息子達は、自分達が作らなければならないと思っていた。私の意見は聞き入れられなかった。私の意見ではない、兄の遺言は、息子達のメンツの前に、かき消されてしまった。

 兄との約束は、守ることが出来なかった。兄の好きな海の近くに、私が建立した墓は、大きくゆったりと、友人や親戚が、何人も入れるようにした。

 宗教があっても、なくてもいいように、誰が入っても、違和感の無いように、作ったつもりだ。それに誰が建立したとも、一切書かなかった。

 納骨の前に、せめて一欠けらの骨を、もらえないかと頼んでみたが、分骨になるからと断られた。兄と私の思いは、何一つ叶えられなかった。

 私は考えた。約束は守りたい。海の近くの私達が皆で、一緒に入るはずだった墓に、兄の名前を彫ってもらおうと...

 兄の写真と、兄が苦しい中で書いた賛美歌の紙と、大好きな競馬の馬券を、購入する用紙とペン、競馬新聞、これらのものを一緒に入れて、墓に入れてやりたいと思う。

 それでいいよね、かっちゃん、子供の頃楽しかったね。いいお兄ちゃんだったよ。かっちゃんの喜びそうなことを、もう一つ計画しています。 これを知ったら、かっちゃんきっと吃驚するよ。

 それは来年、かっちゃんの一周忌頃、実行するつもりです。楽しみに待ってて...
by inakagurashi2003 | 2008-06-29 19:18 | 雑談

拉致被害者を忘れない

 アメリカは、20年以上も続いた 北朝鮮テロ指定国家を、ついに解除した.正確にはしようとしているといったほうがいい。

 原子炉冷却施設の爆破も、全世界に映像として流した。ホラこれでわが国は、核兵器を作りませんよ、と言っているらしい。

 アメリカのテロ指定国家解除は、わが国の国民感情が許さないのを、感じ取ったブッシュ大統領は、日本国民向けに、拉致被害者のことは忘れない、と言ってみせた。

 忘れないだけなら、あれだけの国家犯罪を知った人なら、誰もが忘れはしない。忘れないからどうするのか、それを聞きたい。

 ホワイトハウスで、横田さんたちが必死に訴えた声を、本当に忘れないで欲しい。核の恐怖が消えたと思っているなら、次にやらなければならないのは、拉致解決に決まっている。

 もうアメリカを頼りにしてはいられない。アメリカは体よく日本を利用するだけだ。核の恐怖は最初からアメリカには無いのだから...

 どんなに頑張っても、北朝鮮がアメリカまで、テポドンを飛ばすことは出来ないことを、ブッシュは百も承知している。

 アメリカにとって北朝鮮の核は、それを使用することより、流出することが問題なのだ。北から核を買う、作り方を教えて貰いたい国はどこにもある。

 当面イランだと、アメリカは思っている。何とかしてイランを潰したいアメリカ。この国は戦争が好きだ。自国に無いものは奪って取る。

 それには口実が必要で、大量破壊兵器がある等と言い、日本もそれについていった。これからもイラクの次、その次と、日本はアリカの言うままに、従い続けるのだろう。

 そして口先だけ、拉致被害者を忘れない、といい続けるのだろう。あと何年待てばいいのですか。それを誰に言ったらいいのでしょう。

 福田総理あなたにですか、それとも外務省のお役人にですか、横田さん夫妻の白髪もめっきり増えました。

 テレビで一生懸命訴え続けている、恵ちゃんのお母さん、どうか元気でと祈るしかない、無力な一国民を許してください。 きっと帰ってくる、信じています。

 
by inakagurashi2003 | 2008-06-28 08:36 | 雑談
 偽装、偽装の文字が踊る。産地偽装、ブランド偽装、賞味期限偽装、どこまで消費者を、欺けば気が済むのか。

 発覚はたいてい、元従業員の告発から始まる。元従業員は、解職その他の腹いせもあると思う。我慢ならない社長なら、私もそうするかも知れない。

 社長は会社の利益、イコール自分の利益を考え、少しでも儲かることを考える。それが人道的に、法的に反社会的であっても、解らなければいいと思っている。

 人を殺したり、傷つけたりはしていないが、人を欺けば犯罪である。どうして、昨今の偽装事件が、概ね廃業まで追い込まれていることを、考えないのだろうか。

 自分の所は、大丈夫なんて、甘く考えているのだろうか。肉だ、鰻だ、お菓子だと余りにも生産者や、消費者を馬鹿にした行為が多すぎる。

 私も、たれた胸を締め付け、ブラジャーで胸を偽装している。賞味期限切れのハムを、夫にべさせ、食卓を偽装している。

 このハム期限切れじゃなかった?と夫が聞けば、ウウン今日まで、と騙して食べさせる。それで、お腹を壊したことは一度も無い。

 偽装(いつわり、よそおう) なるべく偽装食卓をしないように、買い物は少なめにしようと決めた。

 ハイ、私もやっていました。冷蔵庫内の食品は、全部私の責任です。責任をとり、主婦を引退したいと思います。ごめんなさい、大男さま。

 
by inakagurashi2003 | 2008-06-27 08:32 | 雑談
ベルリンの婿殿から、ナギ(孫2歳10ヶ月)の写真が、メールに添付 lieben gru゚ aus berlin…と共に、またなんだか解らない。

 ハローばあちゃんと挨拶もあった。それだけで十分ですよ。早速ナギの写真を、アップ。
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 もう一つアップ
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 もうひとつアップ 日本から持ち込んだ畳が敷いてあります
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楽しそうに太鼓叩いています。大きくなったね。まだベルリンへ帰って、3月しか経ってないのに。

 もう一つアップ
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by inakagurashi2003 | 2008-06-25 21:53 | 孫日記

最近のテレビ事情

 テレビは、どのチャンネルに変えても、やたらとクイズ番組をやっている。いつも同じような人がでて、博識ぶりを披露している。

 お笑い芸人とやらも、大勢出ている。芸人と言うからには、何かの芸が出来るのだろう。この手の番組を、真剣に見たことはないから、お笑い芸人をあまり知らない。

 しょっちゅうテレビに出ているから、顔だけは見知っているが、名前も、何をやる人かも知らない。

 食べ物の番組も多い。ギャル曽根さんとやらも、最近よく出ていて、ちっちゃい目の女の子だと解った。

 その人が、大食漢なのだそうだ。餃子100個とかの単位で、食べられるそうだ。ケーキも何十個と食べる。

 彼女は仕事だから、そんな番組にでも出るだろうが、テレビ局と言うのは、何と馬鹿げた番組製作をするのだろうか。

 地球上には、9億人とも言われる、餓えに苦しむ人たちがいる。そのことを考えたら、大喰らいの人を集めた、食べ比べ番組を、面白おかしく、製作している意味が解らない。

 面白ければいいのでしょうか。視聴率が取れれば、どんな内容でもいいのでしょうか。テレビは、もっともっと、地球の未来を見据えた製作をするべきです。

 今がよければいいのか、クイズばっかりやってていいのか、大喰い番組を、ワイワイ、ガヤガヤやってていいのか。

 一方北朝鮮の、テロ国家指定解除が、なされようとしている。その影で30年も、わが子の帰りを待つ、拉致被害家族がいる。

 他国の人民を拉致監禁洗脳し、それが今も続いている国を、経済的に野放しにしたら、放棄した核兵器も、どこかで隠れて作ることが出来る。

 一度作る技術を持ったら、その頭脳まで放棄するはずがない。核兵器の欲しい国に行き、作り方を教えることだって、出来ないことはない。かの国に無ければそれでいい、とは言えないのではないでしょうか。

 つまらない番組でも、見る人がいることは事実です。テレビは、なんだかんだ言いつつも、大きい影響力を持っている。

 もっと、今大切な社会問題を提起した、メデアとして本来あるべき姿になって欲しい。そういうのは、NHKがやればいい、ぐらいに考えていたら、民放テレビに未来は無い。
by inakagurashi2003 | 2008-06-25 17:02 | 雑談

TOSHI ミニライブ

 
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XJAPANのtoshiの、ソロ活動であるミニライブを、先週に続けて見に行って来ました。埼玉の上尾でのキャンペーンに、娘が行きたいというので、一緒に行きました。

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 車を飛ばして1時間,上尾のヨーカ堂、ショープラザでのライブに、開演1時間前に到着し、座る席もないだろうと、折りたたみ椅子を持参しました。

 警備の人に、邪魔にならない所へ、椅子を広げてもいいかと訊くと、いいでしょうと認めてくださった。ライブは一階で、私たちは、2階のよく見える場所を確保。

                     2階3階にも見物の人が大勢
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ライブは6時からなので、椅子を広げると、レストランで早めの夕食をとった。20分前に席に着き、娘を座らせた。さすが椅子を2個持ち込めなかった。

 6時にファンから質問があり、6人ぐらいの人が、toshiに直接質問すると、一つ一つに質問者の方を向き、丁寧に答える。

 
 Xの活動のことを聞かれたらしく、YOSHIKIも、リハビリをしていると言い、活動再開は何時になるとは言えないが、ご心配かけています。と答えていた。

 XJAPANほどのバンドが、日本にどれほどいるだろうか。YOSHIKIの回復を、祈るばかりである。頚椎は大事にしないと、首から下が動かなくなる事もある。

 大事に至らないよう、また良い治療がなされるよう、祈って止まない。toshiは質問コーナーの後、あの素晴らしい歌声を聞かせてくれた。

 後ろのほうから、やっぱりうまいね~と言う小さい声がした。toshiに歌う場所が出来て、本当に良かった。

 一人で10年、ギター抱えての歌旅の頃は、歌う場所も、提供してくれる店も少なかった。私のような、素人のおばさんの誘いにでも、30人50人集めた場所へも来てくれた。

 toshiがメジャーに帰っていったのを、心から喜んでいる。大勢のファンが、熱い視線でtoshiを見つめている。 これで良かったのだ。寂しいけれどこれで良かったのだ。

 toshiから送られる、地球環境や、人間の優しさを、どうか若い世代の人たちに、強いメッセージとして届きますように...
by inakagurashi2003 | 2008-06-23 21:42 | 雑談

奥さんと呼ばれて

 私も世間並みに、37年前新婚旅行に行きました。修学旅行のように、関西方面です。何故修学旅行のメッカに行ったのか。

 普段、鬼嫁のような私でも、うら若き頃は人並みに、夫思いでございました。体重が一人子供を生むごとに、5Kづつ増え、今は結婚当時より10K増し。ちょっと鯖読み、13K増しかな。

 どんな風に夫思いかと申しますと、夫は家が貧しくて、修学旅行に行っていないんです。そのことを、私だけに打ち明けました。

 両親も兄弟も、夫が修学旅行に行きたくない、と言ったから行かなかったと言うのです。夫は家の事情を察して、行きたいのを我慢して、行きたくないと言ったのだそうでございます。

 夫は修学旅行に出発する行列を、電柱の影から見送ったのでございます。参加できなかった人は、たった3人だったということでございます。

 この話を聞いて、私は夫の修学旅行先を、新婚旅行に選んだのでございます。なんといじらしい新妻でしょうか。

 修学旅行と違う場所も、一箇所入れました。有馬温泉です。これは私が6年生の時の劇に出演し、社会の先生が大きく作った日本地図の上に、「此処が有馬温泉」 と一言だけ言い、温泉マークを、ペタンと張ったからでございます。

 せっかく母が、新しい服を仕立て屋さんで作ってくれたのに、此処が有馬温泉、ペタン、だけだったのでございます。

 そのペタンに、行って見たいと思っていたのが実現しました。夫は修学旅行に、私は小学校の劇に、やっと主役で出演できたのでございます。

 水色のスーツケース、これも定番でした。二人の新婚旅行一日目は、有馬温泉でございます。一夜が開け、旅館の庭に下り、吃驚するような、大きなトンボを見ていた時...

 奥さん、と呼ぶ声がしました。尚もトンボを見ていると、また奥さん、と呼ぶ声がしました。もしかして、私のこと? そのときやっと自分が呼ばれたことに、気付いたのでございます。

 私、奥さんになったんだ。生まれて初めて、奥さんと呼ばれた最初の日でした。水色のスーツケ^スに、幸せ一杯詰めた、私たち夫婦のスタートでございました。
by inakagurashi2003 | 2008-06-23 08:59 | 雑談

雨音で...

 梅雨の中休みも、ようやく終わったようで、夜半から雨になった。雨音を静かに聴けば、いつの日も郷愁を誘う。

 今朝規則正しく打つ、雨の音の中にも、時々別の音があることに気付いた。トントントン、が絶え間なく続き、間に少し、重い音TONという音が入る。

 トントントンは、子供達で、TONは大人のようだ。雨にも家族があるんだな。そんなことを考えていたら、子供の頃の弟を思い出した。

 弟は小学校の頃、少年雑誌に詩を投稿した。その詩が佳作になり、雑誌に掲載された。私が少し直した部分があって、事実は合作といってよかったが...

 私が添削したこともあり、大体は覚えている。50年以上も前のこと。こんな風に書いた詩だった。

       僕の家は天井がない

       鼠の走るのが見える

       雨が降ると雨がもる

       バケツを当てると ポツポツ音がする

       雨の日の僕の家の音楽会

       ポツポツ ポツポツ 音楽会

  こんな批評がしてあった。(素直でとてもいい詩です) この話には、後日談があります。詩のことをすっかり忘れた数年後、弟も中学生になっていた頃...

 弟宛に手紙が届きました。病気療養中の青年からでした。青年がこの雑誌を読み、弟の詩に感動したという内容でした。

 私は自分が添削した詩だったので、悪いように思い、正直に、弟の詩を書き直したのだと、手紙を出しました。

 詩を読み感動した人もいるのだから、弟のであれ、添削なんかしてはいけないのだと、初めて知った。

 ほどなくして、青年から返事が来ました。正直な方だと褒めてくれました。弟と一緒に作ったと言うだけで、罪ではありませんよ、手紙は続く...

 自分は結核で、長い間療養生活をしている。もし良かったら、文通していただけませんか、と書かれていた。

 青年は私より10歳ぐらい年上で、短歌を詠んでいる人だった。短歌に興味があったし、文通は暫く続いた。

 1年ぐらいして青年から、500円分切手を送ってくれませんかと、借用の手紙が来た。長い療養で、お金がないのだ。

 私は500円分の切手を送った。青年はそのことを、とても澄まないと思っていた。病気が治り働くようになったら、必ずお返しすると書いてきた。

 その頃やっと働くようになった私の給料は、一ヶ月働いて8000円ぐらいであった。私と青年の文通は2年ぐらい続き、私も短歌の添削をしてもらった。

 私の短歌はいいものがあるから、沢山詠んでと励まされたりしたが、いつの間にか文通も途絶えた。

 幾つも短歌を詠み手紙に書いたが、一番褒められた短歌は、「星空を 闇に透かして 見仰れば 機械の音の 耳に慣れつく」 だった。

 私の故郷は毛織物の産地で、農家までもが織機を入れて、ガチャン、ガチャンと、織り機の音がしていた。

 短歌は沢山作ったが、何かに書きとめて置いたものも少なく、自分で詠んだものも忘れている。新聞や同人誌に投稿したこともない。

 その時々思いついて、詠むだけで残っているものは、ほとんどない。誰かに褒められたというだけで、この短歌だけは覚えている。

 あの短い時期、私の短歌の批評をしてくれた青年を、時々思い出している。一度も会ったことがない、病気療養中の青年を、勝手に、太宰治みたいな人と想像していた。

 雨の音から、弟の詩を思い出し、そして太宰治まで辿り着いた静かな朝です。
     
by inakagurashi2003 | 2008-06-21 07:01 | 雑談

僕冬の毛取りました

 
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僕は(猫のロール)体を綺麗にしてもらうのが好き。今日もお母さんが、動物病院へ行き、蚤が付かないように、特別に薬を調合してきてくれました。

 毎月首の回りに、毛を分け、液体をたらしてくれます。それで、蚤が寄り付かず、体が痒くなりません。今日は薬をつけた後、綺麗にブラッシングしてもらっちゃった。

 
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僕の毛は、中のほうに、冬の毛がビッシリ生えていて暑いんだ。お母さんは、汗をかいていて、僕の毛が鼻に張り付いてムズムズしていたよ。
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 でもね、お母さんは、昔から、やりだすと止まらないんだ。一所懸命ブラッシングしてくれた。その後で、これが又やっかいだけど、粘着のコロコロをやるんだよね。

 もちろんこれもやりだすと止まらない。何回も、何回も、テープを破いてやるんだよ。僕は、逃げ出したいけれど、我慢している。

 
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終わったあと、気持ちがいいからね。夏の毛だけになれば、涼しいし軽くていい感じ。僕が一生懸命我慢して、ケアしてもらっていると、アイツが来たんだ。

 
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ボッチャンだよ、名前も嫌いなんだ、なんでアイツだけボッチャンなんだ。僕はシッポが丸まってるから、ロールなんだ。

 アイツは時々、貴公子なんて言われて、いい気になってるんだ。ほんとにムカつく。アイツが来たから、お母さんは、アイツにも薬をつけるため、僕のケアは終りにしてくれた。

 まだまだ、僕の冬の毛は取りきれていない。お母さんはもう一度綺麗にやってくれると言ってたけれど、当分はいいよ。自分で舐めて綺麗にするから。

 僕は、時々お母さんの手を舐めて、綺麗にしてあげてるよ。お母さんは、喜んでないけれど...それどころか、僕が舐めた後、手を洗いに行くんだよ。失礼だよね。

 でもこんな風にして、僕達は何とか家族を形成している。アイツが(ボッチャン)いなければ最高なんだけれど。何とか距離を保って、共同生活するしかないか。

 おかあさん、冬の毛取れて、さっぱりしたよ、ありがとう。猫だから、目でありがとうと言うね。

 
by inakagurashi2003 | 2008-06-18 13:54 | 我が家の猫たち

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003