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12億8000万年

 地球が生まれて46億年経っているという。宇宙からの隕石か何かが、ガンガンぶつかりくっついて、だんだん大きくなり、何時しか今の丸い美しい形になった。

 放射能のことは何も知らなかった。広島、長崎に落ちた原爆が恐ろしいもので、その放射能を含んでいて、被爆した人たちが長く苦しんでいることぐらいしか.....

 しかし今私たちは、福島の原発事故から、少しずつその原子の威力を学び始めた。放射線とは何か、放射線には、ベータ、アルファ、ガンマ、エックスなどなどがあること。

 そしてそれは人が作り出さなくても、この地球のあらゆる所に存在するということも知った。飛行機で海外に行ったら、何シーベルトだか浴びるとか。

 そこに立っているだけで、地表からも浴び、空中からも浴び、食物からも摂取している。地球でもブラジルはたくさんの放射線が出ているそうな。

 そうだったのか、それらをとてつもなく集め、利用したのが原子力発電だったのか。地球が生まれたとき既に、多くの放射線はあったのだから、それは宇宙の法則で仕方のないことだ。

 人は考える生き物だから、何十億年も経てそれに気がつき、エネルギーに変えた。

 カリウムは人の栄養になる。特に野菜なんかに多く含まれる。カリウム不足は力が入らなくなる。そのカリウムも壊れる数があり、壊れたのがK40の放射能となる。

 私にはそれが体の中にある。ドイツの医師がそう言った。特に茸に多く含まれるとも話してくれた。大好きだった茸があれから食べられなくなっている。

 放射能のことは、何も知らなかったし今もよく解らない。しかしカリウム40は、体に何の変化もないが私は持っている。半減期12億8000万年のK40よ、私が死ぬまで静かに共存しよう。

 いや、死んで骨になっても土の下で、壷の中でお前だけ生き延びるのか。

 
by inakagurashi2003 | 2011-09-24 09:26 | 孫日記
福島の原発事故は、遠く200K離れた東京をも巻き込んで、今も尚、多くの人々に命の危険を警鐘している。

 ドイツで、放射能検査を受けたことは先に書いた。その検査結果はまだ送られてこないが、確実に私の体にセシウム137は潜んでいる。

 私にあるということは、回りの誰にでもあるということだ。魚を食べ、野菜を食べ、米やその他食品にも、少しずつ少しずつ入り込んで、今も止めようがない。

 赤ちゃんが、幼児が、子供達が、青年が、確実に被爆していくのを指をくわえて見ていていいのか。昨日著名な人たちも、原発反対ののろしをあげた。

 やっと立ち上がったといっていい。そのことはこぞって応援したい。その前にもっとやらなければならないこと、それは起きてしまった現実を見据え、土壌や、海や、山や、川の除染のこと。

 陸なら表面を削り、汚染土を何処かへ処分しなければならない。広大な山はどうする。川底は、海底はどうする。

 専門家によれば、海底の泥に沈んだ放射能は、まずプランクトンに取り込まれ、それを小魚が摂取し、小魚を中魚が食べ摂取し、大きな魚は中魚を食べ摂取する。

 人が撒き散らした放射能は、巡り巡って人が食べることになるのだ。匂いもない、色もない、目にも見えない放射能汚染を、どうやって防げばいいのだろう。

 子供を持つ著名な芸能人なんかは、既に東京を離れているという。逃げ場のない一般の人は、今日も汚染された公園で子供を遊ばせている。

 ああ!!土いじりなんかさせてはいけない。何度若い母親に言おうとしたことか。子供は道路を歩いていても、端っこを歩くのが好きです。端っこが高い線量をしめす。

 我が家の家の前の側溝に土が溜まり、水はけが悪くなっていたので、その土を取り除き放射線量を測ってみました。1.65を示し警報が鳴りました。ぴーぴーぴー

 びっくりしてビニール袋に入れ、区役所に電話しました。急いで引き取りに来るかと思ったら、何処か穴を掘って埋めていただくか、ゴミに出してください。だって...

 いい加減にしてよ、この土は道路にあったもので、私のものではありませんよ、子供達が通る通学路です。このままにしておくんですか。

 答えは、政府から何も言ってこないし、区でも何も決まっていないの一点張り。よっぽどこのまま放置しようかと思ったけれど、野良猫も歩くし、子供たちもたくさん通る。

 ガイガーがピーピーなる土を放置しておく気になれず、仕方なく言われたとおりゴミに出しました。区内でもよくよく測定したら、ピーピー鳴る場所はもっともっとあるはずです。

 私の家も雨どいの水が流れてくるところは、0.65ありました。友達の家も計ったら、2.1もありピーピー鳴る場所がありました。

 隣の片流れの屋根から、大雨であふれ流れ落ちた雨が原因だと思われた場所です。幸い幅25センチ長さ60センチほどでしたから、手伝って深さ25センチほど堀り新しい土で埋めると、放射線量は0.12まで下がりました。

 掘り出した土を隣の区役所に電話すると、全く同じ答えが帰ってきました。仕方なく友達の家は、庭深く穴を掘り埋めました。

 こんな除染の仕方で本当にいいのでしょうか。国も自治体も何一つ有効な手立てを考えてはくれません。自分の身は自分で守るしかない国に、どうして税金なんか納められるでしょう。

 国は国民の生命と財産を守るべきはず。未だ北朝鮮に拉致された人さえ、救い出すことも出来ないか弱い国日本を、まだ信じていなければならない哀しい国民の一人です。

 今日さんまを食べました。北海道産だから大丈夫と自分に言い聞かせて...秋刀魚は回遊魚なんです。水揚げが北海道というだけですから....でも美味しかった。
by inakagurashi2003 | 2011-09-20 20:32 | 雑談

さようなら ドイツ

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8月28日 いよいよ帰国の日だ。ブレーメン空港まではそんなに遠くないが、早めにおじいちゃんの家をでた。それは婿殿のお姉さんが、フリーマーケットに出品するから、娘にも一緒に何か売らないかと誘われたから。

 以前にも散々使ったベビーカーが、買った値段の半分ぐらいで売れたとかで、今回もナギのベビーシートや衣類なんかを出すらしい。

 ドイツは中古の需要が多く、高く売れると言っていた。何でも新品ばかり買う日本とは、そこも大違いの国なのだ。

 
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ブレーメン空港の出国検査まで送ってもらい、ここから67歳のおばさんの一人旅が始まる。ブレーメンからアムステルダムまで、小さい飛行機で1時間足らずで着く。
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 搭乗機までバスに乗せてもらいタラップを上る。アムステルダムでもタラップを降りるとバスが待っている。空港まで結構長い気がする。

 バスを降りるとまず何処へ行けばいいか、皆が行くほうについて行く。次に乗るゲート目指して歩く歩く広い空港なのだ。

 途中パスポート検査がある。EUと書いてある掲示板を見上げ、その横に書いてある方に並んだ。案内人にパスポートを見せると、その列でいいよと言われた。多分そう言ったと思う。言葉なんて解らない。

 私の番になりパスポートを差し出すと、ゲンキデスカと言う、私は思わず元気ですと日本語で言ってしまった。パスポートに出国の印を押すと、その青年はアリガトゴザイマスと笑った。覚えた日本語使ってみたかったんだ。

 KL861のゲートは尚も遠くにあった。ずいぶん歩きその場所にやっと着いた。ここを確認するまでは、トイレにも行かず買い物もせず、ひたすら歩いた。

 乗客はまだ数人だった。ガラガラの椅子にドッカと座り、一休みしてからトイレに行ったり買い物をしたりした。

 いよいよ搭乗手続きになると、手荷物を検査し、人は丸いカプセルみたいなところに入れられ両手を挙げる。降参しているようだ。

 私に何か不審があったか、ボデイ検査もされたが何もない。移された写真を見ると、肩のあたり足や手に点々と光るものが映っていた。

 もしかしたら、コレは体内被曝したセシウム137なのか、私はそう思った。そうでなければ何が映っていたのだ。検査官は首を傾げながら通ってよいと促した。

 
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とにもかくにもこれで日本に帰れる。そのあと少し待ってエコノミークラス1番で搭乗機に乗り込んだのだった。毎日新聞1部を貰い機内で読んだ。

日本は民主党代表選挙の真っ最中で、ああまたこれか、ドイツのメルケル政権は6年もやってるんだよ。ナギが生まれたとき選挙があり、メルケル政権が誕生したのだもの。

 あれからナギは6歳になり小学校に入学した。日本では6人も総理が代わった。恥ずかしい国になった。そんなことを考えながら、10時間のフライトを終えて成田に着いた。

 28日にドイツを発ってから、日付が変わり29日になっていた。7時間の時差がある。今日は家に帰っても寝ないようにしよう。時差ぼけにならないように.... 12日間のドイツ、オルデンブルグ、ブレーメンの旅はこうして終わった。  

 
by inakagurashi2003 | 2011-09-09 21:42 | 孫日記

帰国前日 

 
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8月27日 婿殿が鳥の公園に連れて行ってくれた。泊まっていたナギのおじいちゃんの家から車で1時間半ぐらいはかかった。。

 生憎雨がぱらついていた。公園に着くと人々が向かっている先が、鳥たちのシヨーがある会場だった。

 雨は次第に強くなったが、私は木の影で、ナギはフードをかぶり、娘は小さな傘を指し見ていた。ドイツに来てから、肌寒い日もあったので、ヤッケを買って着ていてよかった。

 
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大きな鷹か鷲のような鳥を、自由に操りシヨーが行われていく。飛んでくる鳥に餌を与えながら、巧みな話術で笑わせたり、ピーと口笛で呼び寄せたり、ロジー(鳥の名前らしい)と呼ぶと遠くから人々の頭の上すれすれに飛び、飼育員の腕に止まる。

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 鳥たちは大空を悠々と飛び、コミカルに芸をした。鳥のショーは始めて見た。ナギは一番前まで進み出て大喜びで見ていた。

 鳥なのに何処からでも飛んでいけるのに、公園に留まっている。遥かな故郷へ帰りたくはないのか、もっと大空に飛びたくはないのか。

 人々にショーを見せ、拍手喝采を浴びるのが心地よいのか、何処かで捕らえられ連れてこられた鳥たち、幸せならいいが....

 いつでも飛んでいくことが出来る公園にたくさんの鳥がいた。網で仕切られた檻にもいるが、どう見ても仕切りなど何も無いのもある。

 室内でもシヨーがあった。こちらはコウモリまでいて、最初に芸をしてから、舞台の脇にショーが終わるまで、ぶら下がりあっちこっちと移動していた。

 鳥たちはいろんなことをして楽しませてくれた。一枚ずつカードを運んだり、死んだフリをしたり面白かった。ここでもナギは一番前の席で笑い転げていた。

 ショーの後公園内のレストランで昼食、ナギはハンバーガーとポテト、パパは特大バーガーとポテト、私はタイ料理を食べたが、多すぎて肉は婿殿に食べてもらった。
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 食後も鳥を見て回り、ペンギンには餌やりを来園者にさせてもらえるが、ナギは生の魚を持てなくて、見ているのがやっと。確かに生臭いの素手で持つの嫌だよね。

 夕方までゆっくりし帰った。マファルダさんが、さんたにお土産を持ってきてくれた。ついでに一緒に夕食を食べることになり、近くのギリシャ料理店に行った。

 マファルダさん家族と賑やかに食事し、そのまま皆でおじいちゃんの家でまたお喋り、夜更けて帰っていった。

 オリビアは東京ショッピンギに行きたいと言っていた。昨年東京に来たのが楽しかったんだね。またいつでもどうぞ。

 明日は帰国しなければならない。もう一度荷物を詰め替えたり、忘れ物は無いか確かめたりして、お風呂に入った。

 おじいちゃんの家は、洗面台が2つ並び、シャワーだけのベース、湯船、トイレなどでかなり広い8畳ぐらいあるので、一人でお風呂に入っている落ち着かない。

 狭い一坪の風呂が懐かしい気がする。この家とも娘家族とも明日は別れることになる。ナギが無事1年生になったことを確認し、私がセシウム137とカリウム40の内部被爆が解り、来て良かった。

 日本に帰国したら食生活に気をつけなければならない。私はもう何を食べてもいい。幼いさんたや、若い娘たちを守らなければならない。   明日帰ります  続く

 

 
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by inakagurashi2003 | 2011-09-08 22:58 | 孫日記

婿殿のお姉さんの家へ

8月26日、娘の家とは今日でお別れ、草取りをした庭も心に留めておこう。  

 大きなリンゴの木
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          板の下はお砂場  右の少しさびたのは洗濯干し
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ナギが学校から帰るのを待って、午後からブレーメンへ、途中美味しいチョコレートの店で、少しお土産を買った。スーツケースはほぼ満杯で、チョコレートの入る分だけ開けておいた。

 本当ならチョコレートをたくさん買いたかったが、夏だし解けてしまっては困る。少しだけ買い保冷剤を入れておこうと思った。

 東京に着いたら、またうだる様な暑さなのだから...ドイツに来て毎日快適な涼しさに慣れていた。東京を思い出したら、ウヘツと気がめいる。節電、節電の世界に戻る。

 ナギの日本語の補修校では、来週運動会があるそうで、娘は玉入れの玉を針でチクチク縫っていた。その運動会の練習があるようだ。

 
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ナギが娘と補修校に行っている間、私は婿殿と二人で、ブレーメンの町をぶらぶらした。観光船が行きかう川の辺、古い銀行の立ち並ぶ駅周辺、商店街、前にも来たことがある。
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 ドイツでも、ベルリンについで馴染みの町の様子は、6年前とちっとも変わっていなかった。町はそう変わらない方がいい。

 日本だと暫く行かないと、すっかり変わってしまうことが多い。ドイツは古きよい物を大切に使い保存している。娘のアパートも80年ぐらい経っている。

 私は今夜夕食をご馳走してくれる、婿殿のお姉さんにケーキを買った。お母さんも料理を手伝うと言っていた。ナギたちは、学校が終わったら電車で来るという。

 先に婿殿とお姉さんの家に行った。この家にも6年前来たことがある。あの時美味しいお茶をご馳走になった。

 程なくしてものすごい雷と豪雨になり、ナギは大丈夫か心配したが、運よく濡れずにやってきた。お姉さんの家には、4歳になる男の子がいる。ナギともよく遊ぶし喧嘩もする。
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 夕食はステーキとパスタ、ご飯も炊いてあった。海老の炒めたものも大皿にあった。たくさん頂き美味しかった。わざわざ私のために開いてくださった夕食会です。

 食後は子供達が遊んだり踊ったりするのを、大笑いしながら皆で手拍子ではやし立てて笑った。4歳のヤーレは、リズム感よく手拍子で踊り、ナギは何だかずれているのがなんとも可笑しい。

 夜もふけてお姉さんの家から、おじいさんの留守宅に行った。大きな懐かしい家だった。ここで2泊させてもらい帰国する。  
続くもう少し

 
by inakagurashi2003 | 2011-09-06 21:14 | 孫日記

やっぱり被爆してました

8月25日、ナギを学校に送ってから、娘に連れられハノーファーに行った。電車をブレーメンで乗換え、時間にして2時間ぐらいかかった。
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 ハノーファーへは、放射能検査をするために行ったのである。福島の原発事故から、広範囲に放射線が広がった。都内でも放射線量が多い地域に住んでいる。

 老い先短い私はいいとしても、孫や若い娘たちのことを、心配しない訳には行かない。私にセシウムなどの内部被爆があれば、娘も孫も多少なりと被爆しているはずだし、今後も気をつけなければならない。

 微かな不安を持ちながら、大きな病院へ着いた。ここが何と言う病院なのか解らない。これからどんな検査をするのかも解らない。

 大きな病院で何度も行く先を聞き(娘が)予約した場所にやっと着いた。婿殿が予約しておいてくれた病院の、サロンのような場所で待たされた。

 案内の人が鍵を開けてくれて、地下室の検査場に行った。まず上着を脱がされ、紙でできた手術着を着、靴にも紙の履物を被せ、手袋をさせられた。

 小さな機器に両手を入れた。反応は無かったので、外部被爆は無かった。次に小さな部屋へ入れられ、娘が通訳し、10分ぐらい寝て検査すると言い、検査技師と娘は部屋をでた。

 ベットに寝て天井を見ていると、何やら動いてきて頭から足の先までゆっくりと通過した。それが10分位かかったのだろう。

 終わって暫く待っていると、立派な博士のような人が現れ、検査結果を娘に説明している。何を言っているのか解らないが、フクシマ フクシマと言う言葉が2~3度聞こえた。

 きっと被爆しているんだなと直感した。説明を終えて娘が言うには、セシウム137が、50ベクレルの内部被爆が認められたと言う。

 今すぐに癌になることは無いが、今後食事には注意するように、他にカリウム40が微量ながら検出されたそうだ。

 これはチェルノブイリの事故の時、ドイツ人にも被爆した人がいたが、その人は茸が大好きで、たくさん食べた人だとのこと。茸は要注意だそうだ。

 セシウム137は、日本でもよく知られた放射線だが、カリウム40(k40)は初めて聞く放射線で、なにやら恐ろしい気がした。

 詳しい検査結果は、後ほど郵送するとのこと。費用は100ユーロ(日本円で11000円位)これも振込用紙が送られる。

 はるばるハノーファーまで出かけたが、まあいい経験になったこととしよう。日本に帰国したなら、食べ物にはよくよく注意し、好きな茸は原木は買わない様にしよう。

検査を終え電車に少し乗り、昔王様だった人の城の庭園を見学した。全体は芝生が中心で、手入れが行き届美しかった。庭園で結婚式を挙げたカップルにも出会った
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 大きな庭は道路を挟んでもあって、歩き疲れるほどだった。たわわに実ったグミの実を口に含んだら、まだ少し渋かった。ドイツには実がなる木が多い。

                ハノーファー駅近くの教会
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帰りに早めの夕食を外のテラスで食べた。お店の中で食べている人より、外で食べる人のほうが断然多い。私は魚の乗っている炒飯みたいなものを食べ、娘はパスタを食べた。

 帰りの電車はブレーメン乗換えではなく、直行だったので案外早くオルデンブルグに着いた。家で待っていた婿殿は、やっぱり出たのか、娘に聞いて驚いていた。

 明日(26日)はナギの、日本語学校の補修校があるため、またブレーメンに行く。28日にブレーメン空港から帰国するので、それならいっそブレーメンにずっといよう。

 婿殿の提案で、ブレーメンの近くの婿殿のお父さんの家に、泊めてもらうことになった。お父さんは長期旅行中で留守なのだけれど、婿殿が子供のころから住んでいた家だ。

 あの素敵な家に、私は三度も行くことになる。一度はナギが生まれたとき、二度目はナギが2歳になる前、日本に来るのが大変だと迎えに行った時、そしてまた今度....

 こんなに何度もお世話になるとは思っていなかった。おじいちゃんは65歳でリタイアした元お医者さんです。今は旅行とガーデニングの悠々自適な生活を送っている。

 そうとなったら今夜、帰国の支度をしておかなければならない。9日泊めてもらった娘の家には、今夜が最後の夜となる。再び来ることがないかも知れない。それほど遠い場所だ。  つづく 
by inakagurashi2003 | 2011-09-05 22:15 | 孫日記

コロッケ作り

ナギの学校は3日目になった。昨日は雨が降り、学校に行きたくないと言い困らせたが、今日は朝から良い天気だった。

 ナギは今日からスケーターに乗り登校する。ママがその後を自転車で付いて行く。学校へは当分、安全が確認できるまで親が送迎する。

 校長先生がいつも校門で待っていてくれる。ナギおはようムサ(クラスメート)も来てるわよ。ムサは幼稚園から一緒の友達。

教室で朝ごはん食べててもいいわよ、先生が言う。勝手に好きなように食べてもいいんだ。道理で、ナギに、お弁当はいつ食べるの、と聞くと、わかんないと言うはずだ。いつだっていいのだから。

 ナギが学校に行ってから、コロッケを作った。ナギの好物である。ドイツでは惣菜を売っていない。コロッケなんかジャガイモ茹でるところから始める。

 忙しい時、ちょっとそこらで出来たものを買える日本とは大違いだ。パン屋さんならいくらでもあるが、日本人の娘は苦労しただろうと思う。

 ナギはご飯も大好きだから、二日に一度は炊飯器で炊く。ふりかけ海苔巻きのおにぎりを、小ぶりなものなら5~6個食べてしまう。

 ケチャップライスも大好きだ。本当に美味しそうに食べる。コロッケを喜んで食べるナギを思いながら、タマネギを泣きながら刻み、炒めて潰したジャガイモに混ぜた。

 味を調え、先に下し器で作っておいたパン粉を付け、丸いコロッケを16個作った。小さいコロッケだが、みんなで食べられるかな、多いかなと思った。

 それにパン粉を作ったからついでに、セロリの根の芋を茹でたのを、トンカツのように作った。娘は根だけを揚げると言ってたが、私は切り裂いてチーズを挟んだ。

セロリの香りもし、柔らかくて美味しい食べ物だ。日本にはセロリの根は売っていない。その代わりパン粉はある。ドイツにはパン粉が無い。

 パンを下し器ですり、パン粉を作ったのは初めてだった。な~んだ無ければ作ればいいんだ。パンが無ければ作れないけど....

 さて学校から帰ったナギは、コロッケを5個食べた。婿殿もパクパク食べて、セロリのカツもパクパク食べ、大皿に盛ったコロッケも全部皆のお腹に納まった。

午後から娘とオルデンブルグの市街へショッピングに行った。日本の孫のさんたや、娘や、友人やその孫のお土産をあれこれ買った。

 そろそろ帰国の支度も始めないと、スーツケースに収まるように、上手に買い物をしなければならない。預ける荷物は23kまで1個だから。後はリックにうんとこしょ!! 続く 
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           この部屋に8月17日から25日まで泊まっていた

 
by inakagurashi2003 | 2011-09-04 21:08 | 孫日記
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 昨年秋、私の家にホームステイをしながら、東京観光に来ていた娘の友だち、マファルダさんの家に行った。ナギが学校から帰るのを待って出かけた。

 マファルダさんも、ブレーメンに住んでいる。ポルトガル人でドイツ人と結婚している。ナギより1歳上の女の子が一人いる。この子にはナギが生まれた時も会っている。

 スレンダーな可愛いお嬢さんである。ナギとはよく遊ぶが、寄るとさわると喧嘩もする。姉弟のようだ。マファルダさんの家で、ナギは宿題をした。やはりぬり絵だった。

 
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子供たちを置いて、マファルダさんと娘と私の3人で、ブレーメンの観光地を少し回った。
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途中美味しいお茶の喫茶店に入った。窓から観光地を写した。

 
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尚もぶらぶら歩いていると、珍しいアートを見つけたり、一年中クリスマス用品を売っている店に入ったりした。欲しいものもあったが、ガラスで出来ているので、持って帰るのが難しいので買わなかった。
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 帰りにマファルダさんのご主人を迎えに行った。マファルダさんはご主人の勤務先に、車で送迎しているんだとか。マファルダさんの運転は、タクシーの運転手のようだった。マファルダさんは故国のポルトガルまで、3日かけて車で帰ることもあるんだとか。どおりで....

 
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この日の夜婿殿が、ブレーメンアリーナへ、バスケットボールを見せに連れて行ってくれた。プロのバスケははじめて見た。ドイツが圧倒的な強さで勝った。

 ナギは大喜びしていた。私は休憩時のアトラクションが楽しかった。宙返りをしながらボールを入れたり、ボールゴールの上に座ってしまったり、まるでサーカスみたいに楽しかった。

 バスケットボールを見る前に夕食を食べた。私はクレープの生地みたいなものに、野菜やハムがどっさり入ったものとコーラを頼んだ。
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 頼んだといっても、メニューは何も読めないので、娘にこういうものと言われて、それでいいよと言うだけだ。出てくるまでイメージも沸かない。
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 日本のようにメニューが写真で出てくることは無い。何処の店も全て文字だけで書いてある。東京流にしてくれないかな。

 バスケットが終了し、また婿殿自慢のベンツは、オルデンブルグに向けて、夕暮れのオートバーンを走った。家に着く前ナギは眠ってしまった。  ブレーメンには26日にまた行くことになっている。   明日も続きます多分。
by inakagurashi2003 | 2011-09-03 21:28 | 孫日記

ナジーの誕生会

8月22日午後 婿殿自慢の20年ものベンツは、オートバーンをひた走り、40~50分で友人の家に着いた。既にご近所の子供達が、お菓子や飲み物を頂いて遊んでいた。
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 子供たちだけでなく、ママたちも楽しくお喋りしていた。ナジーの家は大きく庭も広い。子供が遊ぶための、あらゆるものがある。まるで公園だ。
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 ナジーのための可愛い家は、去年の誕生日にパパさんが作ったのだそうだ。大人だって入って寝られる。避難所暮らしの人が見たら、きっと羨ましがるだろう。

 この辺りの家は、広い敷地に(200~300坪)大きな家が立っている。周りは牧草地帯か、畑が広がっている。りんごがたわわに実っている家も多かった。

 
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庭には芝生が敷き詰められていて、子供たちは裸足で走っている。直系3mもあるトランポリン、滑り台、バスケットボールの網、お砂場、ブランコ、サッカーゴールとなんでもある。
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 婿殿の友人の家は子供が4人いる。年齢も12歳から3歳だから大変だ。洗濯物だってハンパじゃない。
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 母親は子育てに疲れると、処方箋を書いてもらい、温泉のある保養所のようなところに、1週間も行っているんだとか。保険で行けるんだね。ルス中は父親が頑張る。

 日本も子育てに疲れた母親を、サポーとできるところがあるといいね。温泉だってたくさんある国なのに....

 子供たちに楽しいプレゼントが用意されていて、お菓子やおもちゃの入った袋をパパが隠す。それを一人ずつ探す。梢の上だったり、椅子の下だったり、高い梯子のうえにあったり、なかなか見つからないものだね。子供は自分の目線で探すから。

 上のほうを指差しヒントをあげたり、方向のヒントをあげたり、ヤーパンのおばあちゃんは優しいでしょう。言葉は解らなくてもみんなニコニコしていた。

 
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近所の子供達が帰り夕方になった。パパさんがバーベキューの火を起こし肉を焼いた。ナジーは肉もパクパク食べている。3歳で小さいのに、あまり手をやかせない子だ。

 大きいお兄ちゃんがよく面倒を見ていた。兄弟が多いのはいいね。自然と小さい子の世話をやくようになる。

 私も長い串に細く巻いた羊の肉を頂いた。香辛料が効き美味しかった。レッカー(美味しいのドイツ語)

 ナギは明日も学校だから、早く帰らないとと思うが、暗くならないのでついつい帰りが遅くなる。
入学前 ♪1年生になったら~と歌っていたナギは、♪1年生になったよ~と歌うのだった。

                            まだまだ続くよ



 

 
by inakagurashi2003 | 2011-09-02 20:30 | 孫日記

学校初日

8月22日 今日からナギの授業が始まる。軽い朝食を済ませ学校へ行く。面白いことに、学校へは朝食を持っていくのだ。

 朝ごはんを食べてこない子もいるから、きちんと朝食をとらせるのだと言う。朝ごはんを食べなければ、授業にも身が入らないというのがドイツの考え方なのだ。

 ナギは朝簡単に、フレークに牛乳を掛けたものを食べていた。ママにサンドイッチ、りんごと梨、ミニトマトを入れたお弁当を作ってもらった。

 それを鞄に入れ、歩いて学校に行った。朝8時には授業が始まるから、遅刻しないようにしないといけない。7時に起きて、なんだかグズグズしていると、直ぐに時間が来る。

 ドイツでは、通学に何を使ってもいいんだとか。自転車OK、スケーターOK、車で乗せてきてもらってもいい。遠い子はスクールバスが出ている。

 午後1時に終わると、家でお昼ご飯で給食は無い。おおむね小学校は4年です。おおむねと言うのは、落第する子もいるし。何かの事情で、もう少し小学校にいたい等の理由です。

 ごご1時になると、高学年も学童保育を除いて帰宅する。1時じゃ給食も要らないよね。給食は手間もお金もかかるし、子供に食事を与えるのは親の役目だし、無くてもいい。

 さて1年坊主が帰ってきた。鞄から1枚の紙を出した。なにこれ?と訊くと、宿題と言いながら鉛筆を取り出した。

 見ればぬり絵だった。乱暴に線からはみ出し、シャカシャカぬっている。ナギもっと丁寧にゆっくりぬったほうが、綺麗にぬれるよ。

 1~2分で宿題は終わりました。次の日も次の日も、宿題はぬり絵でした。ぬり絵の宿題は日をおって細かい絵になっていました。

 3日もすると、結構綺麗にぬるようになっていました。ナギ上手だねと言うと、先生が教えてくれたと言う。先生ってやっぱり教え方が違うんだ。

 私たちがああしろ、こうしろと言うより、先生のアドバイスなら、ちゃんと聞いてやるんだね。ありがとうナギの優しい先生。

 ナギの宿題が終わり、誕生日に皆から頂いたレゴで、説明書の絵を見ながら一人で作っていると、婿殿の友人の子供の誕生会に行くことになった。

 
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ブレーメンの近くの町で、ナギのドイツのお爺ちゃんの家の近くだった。懐かしいトウモロコシ畑の続く道を行くと、その家はあった。  続きます。
by inakagurashi2003 | 2011-09-02 15:45 | 孫日記

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003