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 昨日さんたと房総の家に行ってきた。さんたはじいちゃんの作ったブルーシートを広げて作ったジャブジャブ池で大はしゃぎ。走ったり寝転んだり、その内例の泥んこ遊び。

 大きな桶をたくさん出して露天風呂、石鹸を器用に泡立て遊びました。始めはパラパラと雨も降っていたのですが、水着でジャブジャブ池だからへっちゃら。

 その内涼しげな風も吹いてきて、ぬれた体では寒いぐらい。そうなるとさんたはしっかりと露天風呂でアッタカイをします。時々婆ちゃんと言う声がするので、ハイハイと側に行くと、何の用もないみたい。

 また婆ちゃんと言うので、ハイハイと側に行く。サムイ、アッタカイ、と言う。約すと婆ちゃん寒いから温かくして、と言っているのだと思う。給湯器の温度を上げて温かいお湯にした。

 しっかり桶に座り石鹸を泡立てすくい、泡立ててはすくい飽きもしないで3時間、着いたのがお昼だったので、3時間遊び帰って来た。

 さんたがジャブジャブ池や露天風呂で遊んでいる間、私は夫に任せていたスイカが気になって仕方がない。スイカはつるが繁り大きく広がっている。

 実は葉に隠れて何処にあるのかわからない。その蔓を踏まないように掻き分け、葉よりももっと繁った草の上にそっと乗り、赤ちゃんの頭ぐらいのスイカを探し、スイカの枕を藁で作りそっとのせた。

 メロンぐらいのから玉子ぐらいの大きさのスイカが、全部で25個ぐらいあった。それらに柔らかい藁の枕を敷いてきた。

 帰って携帯や財布の入ったポシェットを忘れたのに気づいた。困った、運転免許証も入っている。仕方ないから、明日取りに行こう。免許証不携帯でもしょうがない。

 というわけで、今日も房総の家に行ってきました。おっちょこちょいは幾つになっても直らない。今日の運転は不携帯だから、絶対に違反はしない運転で行こう。スピード出さない、事故は起こさない。一時停止はしっかり止まる。そんな運転をしました。

 そして畑を見回りカボチャの花を受粉したり、昨日見つけたスイカの側に細い竹の棒を立てたりした。スイカの場所が解らなくなってしまうから。

 繁ったスイカの葉やそれより高い草の間にツクツクと立てた竹の棒、それを目安に時々玉返ししてやってね。太陽に当たった部分だけ綺麗な縞模様がでる。

 陰になった下のほうは白か黄色の色で、濃い緑にはならない。手間隙かけたものだけが美味しいスイカになるってわけなの。 梅雨はいつまでかな。雨はもう降らないでほしいな。

 灼熱の太陽の下でも、スイカはグングン大きくなり甘くなっていくはずだ。今年も豊作で皆さんに喜んで貰えるように、夫よ頑張ってください。解らないときはメールをください。

 夫のモーニングメールは毎日、「おはよう、みんな元気です」だけだから、たまにはスイカがどのくらいになったとか、カボチャが大きくなったとか、とうもろこしが収穫できそうだとか、そんなことを知らせてください。

  
by inakagurashi2003 | 2014-06-26 19:37 | 田舎暮らし

退院後一ヶ月検診

 昨日退院後の一ヶ月検診に行ってきました。朝8時孫の三大(5歳)と娘を後部座席に乗せ、いざ100Kのドライブです。

 三大はお父さんの単身赴任先が水戸です。病院でお父さんが待っています。それからお父さんと千波湖で遊ぶ予定です。

 病院への到着予定は9時30分、順調に常磐道を走りぬけ、目的地に到着したのは9時31分でした。予定より1分遅れで無事到着。

 待っていたお父さんに連れられて、三大と娘は千波湖へ、私は病院の受付を済ませ診察を待つ。先にCT、とレントゲンを撮り、待つこと1時間以上。

 名前を呼ばれH先生の診察、まず診察台に仰向けになり、両脚の曲がり具合と股関節の開きを調べる。よく動いて大丈夫ですね。

 それから画像診断で人工関節が映ったのを見せられ、先生は画像もいいようです、心配要らないです。好きなことをどんどんやってくださいと言われました。

 畑仕事が趣味ですが、座ったり立ったりが出来なくてと言うと、まだ手術から2ヶ月ですから出来なくても、できるようになりますよと励ましてくださった。

 先生にそう言われると、その内本当に出来るんだと思えて嬉しかった。畑でスイカやメロンを収穫している姿を想像した。青空の下で緑の風、たくさんの蝶や蜂、ダンゴ虫、ミミズ。

 虫たちにも少しの作物を分け与え、全部は食べないでと言う私。いいな~自然の中のスローライフ。それを夢見ての田舎暮らし。  

 そんなことを考えながらリハビリ室へ行くと、担当のSサンは休日だったので、代わりのリハビリ士が新しいストレッチを教えてくれた。

 股関節のツッパリの違和感をなくすストレッチだ。寝転んで脚を組み膝を手で押し関節を開くようにする。椅子に座って脚を組むのは出来ないのに、寝転んでやれば何とか脚が組める。

 その状態で関節を開くのはチョットきついがやってみることにする。朝晩のストレッチに新しいのが加わった。ストレッチのやり方だけを教わり、昼食を食べるため病院内のレストランへ。

 お昼時で病院の職員がたくさんいた。患者さん、先生、看護師、理学療法士、作業療法士、一食590円ぐらいの食事にスープバーがついてくる。コーンスープを頂いた。

 食後単身赴任をしているムコドノの家に行った。しばらくして三大家族も帰ってきた。ここでしばらく休憩し三大はお風呂で水遊び。 午後三時ムコドノの運転で帰宅。帰りは2時間以上もかかった。

 今日は久喜の百観音温泉に行きます。お風呂で水遊びの三大は、また3時間の貸切部屋で温泉遊びをするだろう。その間私たちは部屋で寝転んだり、食事をしたり大きな風呂めぐりをしたりしよう。

  

 
by inakagurashi2003 | 2014-06-22 08:02 | 雑談

退院1ヶ月

 今日16日で退院してから1ヶ月になった。手術前の股関節の痛みは全くない。歩くのにも不自由はないが、筋肉の衰えは隠しようがない。

 まず床から立ち上がるのが、何かにつかまらないと出来ない。それは手術前から同じです。そういえば股関節の痛みがなかった去年のはじめ頃から、立ち上がりに不便を感じ始めていた。

 その頃から片足を立て膝を押さえ立ち上がるのが出来なくなっていたのだ。私の場合股関節の痛みより先に、その回りの筋肉が弱っていったのだ。

 少ない筋肉は中心にある股関節を支えることが出来なくなっていった。そして守ってくれる筋肉もなく股関節が悲鳴をあげだした。

 70歳にもなるとそう容易く筋肉はつかない。ストレッチも筋トレもできればやりたくない。股関節の痛みがなくなっただけでよしとすれば、今のままでもいのだ。

 しかしもう少し楽に動けるようになりたいと思っている。長く座った後の股関節周辺の縮んだような違和感は何なのだろう。背中が曲がってしまうから、教えて貰ったストレッチを何処でもやる。

 車を運転した後で、お医者さんで順番待ちしたあとで、レストランで食事した後で、公園のベンチに座った後で、立ち上がり手を出来るだけうえに上げ10秒ぐらい。

 するとピョンと真っ直ぐになるから不思議だ。そして大股でゆっくり歩きます。妙なおばさんだと見られることもあるが仕方ない。背中を曲げて歩くよりよっぽどいい。

 ハイ!!記念すべき退院1ヵ月後の今日のいちにちです。


 朝5時40分目覚める。直ぐは起床しない。テレビを付けワールドカップの結果を見る。床に転がりストレッチを寝転んでやるのは結構やっている。

 腹筋、は真っ直ぐのを20回、斜めのを20回、朝晩。腹筋といっても起き上がりはしません。起き上がれません。おへそを見る程度でいいと言われたからやっている。

 7時夫からのモーニングメール、毎日のことで毎日同じ内容、「おはよう、皆元気です。」皆とは自分と猫のこと。 メールがきて、夫が元気でいることにホットする。

 7時半洗濯をしながらシャワー。その後朝ごはん。朝どらを見てからゴミ出し、それから娘の家へ行く。孫の三大(5歳)が水疱瘡になった。2回も予防接種やっているのに...

 8時半三大の保育園にギョウチュウ検査を届ける。帰って水疱瘡と言ってもごく軽いので元気な三大を連れ房総の夫のところへ行く。

 水遊び大好きな三大のため巨大プールを用意しておいてもらう。75Kの道のりを三大と娘を後部座席に乗せ運転。途中東金のカインズホームにより、野菜袋を買う。

 11時少し前房総の家に到着。車の中からプールを見て、三大はプールに入る気満々。それから3時間をプール遊び、時々外に出て、夫の掘った穴に水を入れ泥遊び。

 その間私はお昼の買出しをし昼ごはんを食べ、畑の見回りをした。スイカやメロン、カボチャは可愛い実を付け始めているのに、夫はその実の下に藁床を敷いてない。

 土の上だと腐ってしまうらから、赤ちゃんみたいな可愛い実に藁を丸めて敷いてやった。大きくなってね。スイカはちっちゃいのに、早くもシマシマの模様を書いている。

 三大はプールから上がり、二階にあるお風呂に入り、そこで1時間。3時になって無理やりお風呂から出し、混まないうちに帰りましょう。

 また75Kを運転し、帰って耳鼻科に行き診察して貰う。帰ると三大は、予約してたいたご飯にタラコでご夕飯を食べていた。

 娘に畑から収穫したばかりのニンニクで、バターライスを作ってやりました。私は収穫してきた大葉を撒いた牛肉を焼き食べた。

 三大の家の猫に煮干を食べさせ、またまたお風呂に入っている三大に、「おばあちゃんお家に帰ります」と言い、車の中においた収穫してきたニンニクをリックに入れ、どっこいしょと担いで帰った。

 股関節置換手術からおおよそ2ヶ月になりました。退院した直後は、通常の生活にもドット疲れが出ましたが、何とか今日のような生活ができるようになりました。

 8月1日もう一人の孫(和 ナギ)がドイツから夏休み休暇に来ます。あと1ヵ月半ぐらいあります。今よりもっと動けるように、何とかしなければ...ちょっと焦る気持ちでいます。 

  
by inakagurashi2003 | 2014-06-16 20:44 | 雑談
 入院中リハビリをしてくださったのは主にSさんだった。8割ぐらいはSさんが担当してくださった。お尻の硬い筋肉をグイグイマッサージすることから始まり、各種のストレッチの見本を見せて、私に教えてくださった。

 本当に感謝しています。ありがとう御座いました。お陰で退院後も何とか大きな不自由もなく暮らせています。作ってくださったストレッチの冊子は、眺めているほうが多いですけど...

 Sさんが休みの日は変わっていろんな方が担当してくれました。解ったことは誰もが同じ事をやるのではなく、各人が得意としている技があるのだということでした。

 この患者さんは今ここまでリハビリをしているので、それを続けてやっていくものだと思ってていました。申し送りはあるのでしょうが、まるで違ったことをすることもあったのです。

 ある理学療法士は、私の体の立ち姿を重視し、体のあちこちの骨を押したり、首、肩、背骨と何度も何度も指で探っているようでした。

 よし、段々解ってきたぞ!!、と言いながら、横向きになるように促し、私の背骨を腰から肩の辺りまで力いっぱい押し上げたのです。背骨曲がっていたのかな、と思いました。

 それからベッドから降りるように言い、立って歩いてといいました。大きく手を振り歩いてみせると、いいよ!いいよ!と言うのでした。

 その後壁際に立ち両手を思い切り上げるストレッチをしました。背筋が伸びてとても気持ちよくなりました。1時間のリハビリの40分ぐらいを、整体のようなことをしてくれました。

 リハビリの先生は得意としている技を持っているのだなとこの時思いました。お尻の硬い筋肉は部屋に帰って自分でマッサージしました。

 他の理学療法士の方も、Sさんの休日にやってもらいましたが、いつもと違うリハビリをやってくれたのです。一つだけ共通していたのは、リハビリの終わりに私の歩行を見ることでした。

 前から、後から、横から、どんな歩き方をしているのかを見て1時間が終ります。骨をよく見てくださったO先生ありがとう御座いました。

 長く椅子に座った後、背中が辛くなります。腰ではなく背中です。その時は教えてもらった両手を天を掴むほど上げると、すっかり背が伸びて体が真っ直ぐになります。

 今日も車から降りて手を上げ伸びをしていると、その姿をみた人が驚いたようです。いきなり車の屋根からグイ~と手が伸びたのですから....
by inakagurashi2003 | 2014-06-12 20:30 | 雑談

入院生活4

 私の自主トレは退院を1週間後に控えた頃から、益々熱心になっていった。病棟の回廊を一歩一歩歩く姿を、夜勤の看護師さんやヘルパーさんが見ていた。「今日は何周?」優しい笑顔で話しかけてくる看護師さんに、思わず「20週」と答えてしまった。

 言っちゃったからやらなければ、理学療法士からは、歩くのは大股でユックリとアドバイスされている。しかし20週は2Kにもなる。とてもユックリ歩いていたのでは時間がかかりすぎる。

 ままよ、普通に歩こう。自分の部屋から回廊を1廻りすると1と覚える。2回、3回、4回、だんだん疲れてくる。相変わらず左の足は重いし、ちょっとしびれたように感じる。7回、8回、ダメだ。10回で止めよう。

 看護師さんに20回と言ってしまった。どうしよう止めるか続けるか、そんなことを考えていると、ふと足が軽くなっていることに気付いた。アレ変だな、どうしたんだろう。これなら20回はいけるんじゃないか。

 汗をかきながら、起きだしてきた他の部屋の人たちに「おはよう」の挨拶をしながら、15回、20回。とうとう20周を達成した。部屋に戻り携帯についている歩数計を見ると、4000歩近い数字になっていた。

 退院の日までに5000歩、歩けるようにしようと思っていたから、もう少しだ、あと1000歩と思った。次の日も、次の日も、20周を目標に歩いた。そして気付いたことは、いつも6~7周すると体がきついと感じることだった。

 そこで止めたらそれで終わり、いつまで経っても1Kも歩けない。普通の生活に戻るには5000歩歩かなければと思いながら、20周を目指し歩き出す。するといつの間にか体は軽くなり、足もそう辛くはない。

 そのことを理学療法士のSさんに言うと、身体が温まり血行がよくなっているのかも知れないと言われた。そうかもしれない、きつい坂を上りきれば、あとは楽な下りになる。 退院の日まで頑張ろうと思った。

 回廊を20周すれば4000歩、その他にもリハビリに行ったり、病院の外に併設されているコンビニに、新聞を買いに行ったりすれば5000歩は上回る。大丈夫だ、退院しても歩くのには不自由しないだろう、その時は安易に考えていた。

by inakagurashi2003 | 2014-06-11 11:02 | 雑談

入院生活3

 退院の日が決められたことで、理学療法士のSさんは、今までやったことのないストレッチを、いろいろ試すようになった。私はそれがうまく出来なかった。

 壁に両手をついて前の足を曲げていくのだが、どうしても腕まで曲がってしまう。後ろの足の筋肉を伸ばす運動だ。ベッドの端に片足を乗せ、乗せていない足を曲げる運動も難しかった。

 だんだん難しくなるストレッチが出来ないのが情けなかった。そりゃ70歳だもの出来なくたって仕方ない、自分に甘~い私は、すぐそんな風に思ってしまう。

 できることをやろうと思い、そのころ自分で時間になると行っていたリハビリ室へ、エレベーターを使わないで階段で行くことにした。

 部屋は4階、リハビリ室は2階であった。降りるのは大丈夫だろう行ってみよう。Sさんを驚かすのだ。恐る恐る一歩二歩階段を下りてみた。

 できた!!階段を下りられる。病院の階段は一般の家と違い段数が多い。手すりを使い下りだすと、理学療法士さんや、作業療法士さんに出会った。

 こんにちは!!元気に挨拶をかわす。皆さんこれからリハビリをする人を迎えに行くのだ。私は杖1本で歩くようになってからは、自分で時間になると行っていた。

 階段を下りだしてから、途中手すりを使わないでそっと降りてみた。危なかったらすぐ掴まるように、階段の淵を歩いてみた。手すりなしでも何とか歩けた。

 ストレッチはうまく出来ないが、階段を下りることができた。Sさんに階段で来ましたと言うと、すごい!!まだ練習してないのにと驚かれた。

 その日からリハビリ室では、頑張って自主的にリハビリをやる人と、皆が認めてくれたようだ。パジャマでやっていたリハビリを、トレーニングパンツに変えた。

 退院が後1週間に迫ったころには、もっと歩かなければと朝の自主トレも始めた。朝6時病棟の回廊を歩き始めた。 最初の自主トレは回廊10周で、私の歩幅で2000歩、1周100メートルと聞いていた。

 

 

 
by inakagurashi2003 | 2014-06-10 11:20 | 雑談

入院生活2

 私の入院生活が2週間ほど経った頃、退院の目安を言い渡された。5月16日でいいですかと、理学療法士さんから聞かれた。後2週間リハビリをすることであった。

 退院後の心配はあったが、いいですよと答えた。これから2週間でどれほどの回復が可能だろうか。毎日のリハビリは、最初の頃からのことを思えば格段に進歩していると思った。

 リハビリベッドへの乗り降りや、その上でやるさまざまなストレッチもウンウン唸ってやるほどではなくなっていた。ただ筋肉の硬さはズ~トあった。

 中殿金はゴリゴリで、Sさんは一生懸命にやってくれた。自分でもベッドに帰り手をグーにしてお尻の下におきゴリゴリした筋肉をマッサージするためお尻を動かしたりした。

 リハビリの途中に、医療学校の生徒さんが見学に来た。1週間毎日やってきて、Sサンの仕事を熱心にメモしたりした。3年生は私が許可し、実際に体に触れお尻をマッサージしたりストレッチをやった。

 学生は恐る恐る触るものだから、ゴリゴリの筋肉を捜すことが出来ない、見かねてSさんがやって見せたがそれでもゴリゴリに触れることが出来ない。

 おせっかいだと思ったが、直接学生にゴリゴリが触れる場所を教えた。そうそうそこにあるでしょ、ゴリゴリの筋肉。 学生はやっと探せた筋肉をマッサージしてくれた。

 若い学生さんに立派な理学療法士になってもらいたいと、緊張している学生を笑わせた。学生は勉強中お互いの学生の体で勉強していくのだから、実際の患者に触れるわけではない。

 勉強中に硬くなった筋肉に触れられるのはそうないことだ。新しく来た女学生に股関節手術の傷跡を見せてあげたりもした。

 あの学生は私のようなおばあさんの患者でも、直接筋肉に触れてこれからの勉強に役立ってくれるといいのだが、元気にしているだろうか。真面目そうな学生さんが懐かしく思える。
by inakagurashi2003 | 2014-06-09 19:28 | 雑談

入院生活

 4月18日に入院し、翌日19日に両股関節置換手術を受けた。執刀はは40歳の男性医師で、まだ若い割りに手術の経験は多い。

 既に数百例もの経験があった。私は東京から病院のある茨城県水戸、北水会記念病院に入院したのも、この医師の手術を信頼したからだった。先に手術した方の歩く姿をネット動画で見たことも影響をうけた。

 あの股関節の独特の痛みから解放されたいとの思いは、病院が遠い近いなんてどうでも良かったのだ。幸い水戸は私の住んでいる街から、高速道路で1時間半の距離である。それは都心の混んでいる道路と同じぐらいの時間で到着する。

 手術後のリハビリは辛かったが、それも慣れてきた。23日(手術後4日)に初めてシャワーをした。ヘルパーさんに連れられお風呂に行き、自分で洗髪をし体を洗った。。

 テープの貼ってある両方の傷口はそっと洗った。ヘルパさんにはショーツを履くのを手伝って貰った。椅子に座ったままだが、脚を上げるのが大変で、入院前買った3Lのショーツを履くのが困難だった。

 入院前できるだけ大きいのを買ってください、と言われた訳が解りました。さっぱりした5日ぶりのお風呂は生き返った気がした。明日からは部屋のシャワーで毎日入ろう。

 翌日コインランドリーで溜まった洗濯をした。洗濯40分、乾燥30分、別々の機械だから杖をついて取り出したり入れたりした。乾燥機は取り出し口が低く靴下が残ってないかと覗くのが大変だった。

 体は相変わらず腿のツッパリ、お尻の筋肉のゴリゴリ、ふくらはぎの痛み、膝の裏のツッパリ、股関節の筋肉のツッパリ、あちこち痛いところばかりだった。  持ってきた本はまだ読む気にはならい。
by inakagurashi2003 | 2014-06-05 19:08 | 雑談

病室

 
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私が4週間を過ごした病室には、西側に窓があった。したがって朝日は当たらない。窓から眺めると有料の老人ホームがあった。これらも病院のグループが経営している施設である。

 早起きなのでそのホームを見ていると、男性の入居者が同じ時間に着替えをしている。いつも綺麗な服を着て、ハンチングみたいな帽子を被っている。

 部屋の近くに緊急脱出口の滑り台があり、毎朝一羽の鳩が来てポツポーと啼くのであった。恋鳩でもよんでいるのだろうか。ズット啼くので鳩の真似をしてポッポーと言ってみた。

 鳩は、なんだ、なんだ、今のはなんだと、キョロキョロし飛んでいってしまった。鳩にも嫌われた、痛ってーな、体中あっちこっち。筋肉痛が出始めていた。

 脚は鉛のように重く(特に右足)細くなってしまったが腿が痛くて痛くて仕方なかった。看護師さんに言って鎮痛剤を出して貰った。

 術後2週間がすぎた頃だった。ほとんど毎日来ていた鳩は、人間が真似した鳴き声を警戒して来なくなってしまった。  ごめんまた来てね!!

 
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遠く西の空から真っ白な雲が流れきて、それがワニのような大きな口を開け、私を飲み込もうとしている。負けないよ、お前になんか飲み込まれてなるものか。

 そんなことを考えていると、理学療法士がリハビリの迎に来た。筋肉痛があろうがなかろうが、毎日2時間のリハビリは休むことなく続けれれたのである。

 
by inakagurashi2003 | 2014-06-02 20:52 | 雑談

初孫誕生で喜びのオーマ(ドイツ語でおばあちゃん)です。


by inakagurashi2003